今年もマリノスにシャーレを 2020

シャーレを掲げることは難しく、守ることはさらに難しい。連覇に挑む2020年、アウトサイダーではなく本命として、今年もシャーレを掲げよう。座右の銘はシャーレです。

小林祐三があのとき残してくれたもの

J1鳥栖の小林祐三がプロ選手としてのキャリアに終止符を打つ決断をした。35歳、J1通算364試合出場。鳥栖の黒い髪の彼のプレーを見たのは決して多くはない。新主将になった今年、リーグ戦は4試合の出場にとどまった。だからといって、プロ引退は驚かされた。クリアソン新宿に本拠を置く関東リーグのチームに籍を置くという。同チームの運営会社に入社して、「会社員」としてセカンドキャリアをスタートさせる。

今、本稿を書きたくなった理由

このような異質の選択をする彼、小林祐三の節目に際して、振り返りたいのだ。
彼が「泣き明かした」というマリノスとの契約満了から、4年の月日が流れた。もう彼のマリノス時代を知るのは、喜田拓也と松永成立コーチくらいのものだろう。プロサッカー界における4年の月日はそれほどまでに早い。
だから小林祐三へのリスペクトを込めて振り返りたい。パンゾー、背番号は13。ついにプロ生活17年間、3クラブでついに13番だけでまっとうした。
彼が全盛期を過ごした横浜に残したものとは。

右サイドバックに職人・小林祐三あり

2013年、横浜FMは開幕から終始優勝争いを繰り広げた。リーグ優勝こそならなかったものの天皇杯では優勝。このころのマリノスの最終ライン4名は、CBに中澤佑二、栗原勇蔵。左はドゥトラで翌年から下平匠が加わる。そして右サイドバックに君臨したのが小林祐三。もう絶対的に小林祐三だった。
「さあいけ小林祐三!」という勇ましいチャントの割に、冷静沈着でまずは守備ありきの時代のマリノスを1対1で支えた。比類なき1対1の強さ。センターバックでプロ入りした経歴だから対人守備が強いのもうなずけるのだけど、圧倒的な突破力を誇った広島の左の槍、ミキッチを完封できたのはあのころのパンゾーだけではなかったか。
本人も述懐していたように、2010年代中頃のパンゾーは日本代表入り待ったなしだったと思うし、世が世ならもっと評価されるべきだったのではないかと今でも思う。

在籍6年間で、リーグ戦は204試合あったわけだが、うち187試合に出場。「君臨」という言葉が大げさではないことがお分かりいただけるだろう。

多才でクレバー、クールそうに見えて

トレードマークは美容師やテクノアーティストを思わせるような鮮やかな金色の髪だった。
音楽に精通しているのは有名で、ファンイベントでDJをつとめてホールを熱狂させたり、ファン感謝デーにはパンゾーセットリストのBGMが流れたり。

そのうえサッカー選手をやらせると、べらぼうに頼もしい。この2〜3年、攻撃的な横浜FMなどと言われるがパンゾーが右サイドを征服していたころの横浜はまちがいなく「堅守」を売り物としていた。リーグ最高得点は目指したこともなかったが、最少失点には誰もがこだわっていたように思う。

クールそうに見えていた。見えていたが、熱かった。同年代に中町公祐や兵藤慎剛といった同じくマリノスを大切にしてくれる選手がいた。彼らが発案したファンサービスやグッズが具体化したことは一度や二度ではない。マリノスをもっと魅力あるクラブにする。日産スタジアムを満員にする。そんな動機がはっきり伝わってきたのでファン、サポーターもそれに呼応していた。

中町は2012年に福岡から加わり、兵藤は08年から生え抜きでマリノスにいたころだ。リーグタイトルを惜しくも逃した2013年、翌年の元日に天皇杯を取った。これが彼らにとって最初のタイトルであり、パンゾーには唯一のタイトルとなる。

マリノスでプレーすることに誇りを感じている選手たちがいた。「マリノスへのロイヤリティ」という言葉が発せられたのはもう少しあとのことだったが、愛は強くて、愛は盲目だ。

その直後にシティフットボールグループとの提携が始まる。古き良き日産自動車F・マリノスから、シティグループの横浜F・マリノスへと転換が始まったのがこのころだ。そのことが彼にとってよかったかどうかは分からない。もしかしたら、強化方針の転換がなければ、もう1年、2年先に彼の退団はずれ込んでいたかもしれない。

もしかしたら、は意味がない。事実としては2016年をもってマリノスは小林祐三に契約満了を伝える。その年もリーグ戦33試合に出場した小林祐三に、である。

ラストマッチでの凛としたたたずまい

2016年の最終節、ソールドアウトした埼玉スタジアム。最終戦にかけつけた浦和サポを前にマリノスに割り当てられたのはほんの一角。そこに小林祐三のマリノスラストマッチを見届けようとファンはぎゅうぎゅう詰めに押し込まれていた。この最終戦直前に、本人の意思で契約満了の旨は公式に発表されていた。

リーグ通算300試合の節目で、彼はいつものように淡々とプレーして、そして試合後にスタンドに頭をさげて、泣いた。
恨みつらみは一切なかった。感謝の言葉しかなかった。

プライドも、悔しさも、悲しさも、出さずに。ないわけがないのに。それらが表情やコメントからかすかにだけ伝わってくるのが余計にカッコよかった。
うまくいっているときは誰だってそれなりだ。人の本性はこういうときに出る。

プロの世界、実力の世界、客観的な判断という意味は理屈では分かるが、感情は受け容れられない。そこまでの貢献度ばかりを考えていては、チーム編成など成り立たない。

一つのクラブで選手としての生涯を全うするストーリーの美しさはまちがいなくあるが、自ら選ぶ移籍は裏切りなどではなく、クラブ側が契約更新を行わないことも決して非道非情ではない。

それでもいろんなマイナスな思いは頭をよぎった。少なくとも私の頭には。

でも小林祐三は感謝だけを残して、横浜から旅立っていた。

小林祐三の「前と後」で変わったこと

その後も、今年もたくさんの別れが起きている。小林祐三はついにプロ選手としての自らのキャリアに別れを告げる決断をした。

横浜FMも一気に選手の入れ替わりが進んだ。レンタル中の選手を除けば、パンゾーの所属時を知るのは喜田拓也だけになっていることがその移り変わりの速さを物語る。

鳥栖での退団セレモニーの様子を見た。変わらず、小林祐三は清々しく正々堂々と戦い、あまりにも大きなリスペクトと惜別を受けたことが分かる。鳥栖ファンよりも先に応援していた者として少しだけ誇らしい。

横浜でも、その後も、悲しい別れもあったし、不快な思いを感じたこともある。栗原勇蔵のような幸せな別れは、ごく一部、あまりにも一握りだ。

だがあの日の小林祐三の凛々しい態度のおかげで、移籍をめぐる私たちの捉え方は一段階成熟したのだと確信している。いや、正確に言うと許しがたい出来事もあったのだけど、だいぶパンゾーが中和してくれた気はしている。

去る選手へのリスペクト。縁を与えてくれたチームへの感謝。選手一人ひとりに人生があること。その決断にいたる背景をファンや一般人が知るはずもなく、断片的な情報だけで人間性やクラブの名誉を毀損するようなことはあってはいけない。

感情的に腹が立ったり、ある片方の側から見れば不利益なことだったりするとしても。



それくらい彼の姿は誇らしかった。彼のおかげで自分の愛するクラブへの愛が深まった。疑うことがなくなった。



今も色褪せない。これからも彼の人生が素晴らしいものであるように。まだまだもっと。


さあ行け、小林祐三。





もっともっと前へ ~新しいファミリーに私たちはどう価値提供するか~

Money Forward dayとなった明治安田生命J1リーグ第33節、横浜F・マリノス対名古屋グランパス。新スポンサー発表翌日に組まれた冠試合に、マリノスの渡辺皓太の決勝点やエジガル・ジュニオの美しき先制点に「もっともっと前へ」というマネーフォワードが提唱する精神そのものが表れていたことはとても誇らしい。

どんな価値をもたらすか

だがこの試合でもっと勝者だったのは、この写真だったのではないだろうか。

マネーフォワードが東証マザーズに上場を果たしたのは3年前。中核の社員さんが、新規上場のセレモニーである「鐘を鳴らす瞬間」と比して感動的だと評しているのだから、このインパクトはすごい。「すごい」の源は、スポーツの力であり、サッカーという競技の魅力であり、横浜F・マリノスがもつポテンシャルであり、この夜を作り出したスタジアムの一体感である。そのどれもが、すごい。

マリノスとアンジェ・ポステコグルー監督が志向してきた攻撃的サッカーの方向性と、マネーフォワードが「お金を前へ、人生をもっと前へ」というコンセプトがマッチしていた。だがそれは結果論というか、後付けで美しく作られたロジックに過ぎない。

コロナの時代において、スポンサーになったところで、ましてや冠試合を行ったところで、ではそのことにスポンサーフィーに見合う価値はあるのか。企業は当然考える、Jリーグ全体という枠組みで見れば、タイトルパートナーである明治安田生命などは長期間の契約であるけれども、ヤマザキビスケットもおりなかったし、DAZNも必死に放映権の期間を更新してくれた。だが、このご時世で新規のスポンサーを獲得することは並大抵ではない。3年前の公開価格から考えると、現在の株価は6倍に伸びている同社であっても、お金が余っていてなんでもいいわけがない。

上記のツイートが言わばこの記事の結論のようなものなのだが、マネーフォワードにとってのメリットはなんだろうか、それを考えてみたい。

企業、サービスの知名度、好感度アップ

・「マネーフォワード ME」の新規ユーザーは獲得したいに決まっている。私などはたまたま以前から無料会員だったので、これを機に有料会員になった。月額480円なので、これが1万人集まるとは考えづらく、売上への直接的な貢献はそこまで高くないか。でもアプリの利用促進は、スタジアムでもアクティベーションの企画を実施しやすく、今後の活用次第といったところか。

・企業名の浸透、好感度アップ。マリノスファンのみならず、Jリーグのサポーターには広く知れ渡る効果が期待できる。ユニフォームのパンツにロゴが入ることで親密さも増すのではないか。確かJリーグの統計によると40代以上の男性が多いはず。なるほど、家計の状態を把握したい、お金を増やしたいというニーズは高そうだ。

地元、地域への貢献

ホームタウン、フランチャイズという側面から考えると、グローバル企業よりもローカル企業がこれに当てはまる。一般的には、横浜市内、港北区内、近郊の企業。大小さまざまあるわけだが、日産自動車、サカタのタネ、レミントン、崎陽軒などは横浜と言えば…、横浜に根差している…と、その分かりやすいメリットがある。メルコリゾーツは横浜にIRを持ってくるという事業の狙いがある。
その点、港区に本社を置くMF社の場合は、そこまでのものは思いつかない。それにマネーフォワードのサービスは地域性にあまり関係がない。メリットがあまりないとするならば、わざわざ書くこともないのだが、本来スポンサーシップに地域性は大事だべ、という話。

社内における効果

・日産スタジアムには冠試合ということもあり社員200人が応援に駆け付けた。当初マリノスが用意したチケットは20枚で、会社側が買い足したそうだ。あざます…!
チームがスポンサーを務めることの誇りや一体感みたいなものが生まれる。企業がアスリートを雇用、支援するときの作用でよくあるやつだ。福利厚生的な側面もある。

辻社長と同社の思惑の記事はぜひ読んでいただきたい。

興味深いのはもとは8月に、デュアルキャリア、ハーフタイムともに、「Jリーグスポンサーマッチングプロジェクト」という企画を立ち上げていたこと。結果的には自らがスポンサーとして名乗りをあげることになったというのは面白い。

さらにインタビューであるように、決め手は8月に社長がスタジアムを体験したこと。この時の感動が最後の後押しになったという。コロナで限られた観客数、応援手段もルールが厳しくて、我々サポーターからすると寂しい気持ちもあるのだが、感動させる力ってすごいし、ニッパツ三ツ沢の一体感もぜひ味わってほしいもの。

金額換算以上の感動を

スタジアムに掲げられたマネーフォワードを歓迎する横断幕も、社員の皆さんの間では大いに話題になったという。急きょスポンサードが発表されてから冠試合キックオフまで26時間、SNSにはサポーターによる歓迎の書き込みが相次ぎ、社員の皆さんがそれを好意的にリツイートするなど、昨夏のマリノス対シティ戦、およびその後のシチズン動員時の体験が生かされる、ホットなメディア展開が自発的に行われた。

会社サイドは予想以上の反響だったようだ。このファミリーとしての一体感も誇らしい。そのことが、上場の鐘よりも〜という冒頭の、最高級の賛辞になるわけだ。

評論家は言う。メリットがー、リターンがー、コロナがー。結局、金額換算した場合のリターンなど机上の算数に過ぎない。例えばリツイート数や、企業そのものへの好感度、これをエイヤッ!以外の方法で数値化するなど私はあまり意味がないと思っている。表面的にしか、スポーツコンテンツの価値を語れない人が多いからだ。

我々ファン、サポーターができること。地道に応援して、地道に仲間を増やして、スポンサードしてくれる企業、ポスターを掲示してくれる店舗に親しみとリスペクトを持つことだと思う。こんなブログでもSNSでもチマチマ発信していく。

マネーフォワードとともに、もっともっと前へ。私たちも一緒に進んでいきたい。満員のスタジアムで社員の皆さんを驚かせるのも楽しみだ。

飯田淳平主審200試合セレモニーへの拍手

扇原貴宏がPKを取られたプレーは、シミュレーションだったのか。判定通り、郷家へのトリッピングを取られるべきだったのか。私の結論として、7回に渡って繰り返しビデオを見てから言えば、「PKではない」が正しいと思う。

 

タカはボールにチャレンジしたとは言えない。ボールに到底届かないと判断し、さらにこのままでは郷家の足を払ってしまうと察知して足を止めようとしたのだと見える。郷家の側から見れば、トラップが意図より大きくなってしまい近くに居たティーラトンにさらわれてしまいそうだ。そこに足が近づいてきた。このまま足を払ってもらえればPKが貰えるかもしれない。少なくとも不利な態勢でティーラトンに挑むよりはマシかも、そう反応して自分から倒れたようにも見える。

 

J1通算200試合主審を達成し、試合前に表彰セレモニーを受けた飯田淳平主審は、小田原出身の39歳。国際主審でありかつ、プロフェッショナルレフェリーでもある現在の日本を代表する、国内のサッカー審判28万人のほぼ頂点に位置する主審である。セレモニーでは小学校低学年と思しき、ご子息がブレザーにネクタイ姿の正装で花束のプレゼンターを務めた。7千名を超える観客が四方から万雷の拍手で偉業を称える。審判冥利に尽きる一瞬であったことは想像に難くない。生え変わり中で前歯のないご子息も誇らしげだった。

 

200試合を超えた飯田主審が、ちょうど同じくJ1通算200試合出場を果たしたばかりのタカに突きつけたPKの判定。これをアンドレス・イニエスタが落ち着いて沈めたことでマリノスは逆転許してしまう。結局は1点差で敗れたために勝敗の面にも大きな影響を与えてしまったこととなる。

 

試合を壊すとか、クソジャッジとか、セレモニーでの拍手を返せとか、相変わらず審判への風当たり、いや誹謗中傷がひどい。誤審がどうかで言うと、私の感想は「ギリ誤審」。だがやはりタカがスライディングを選択したのが軽率だったのではないかと思う。球際をきちんと強く行こうとしたのはよく分かるが、あれはPKを取られても仕方のないシチュエーションだった。もう5秒プレーを巻き戻せば、センターサークルを超えたあたりでボールを受け、前を向いたイニエスタにあんなに自由なスペースと時間を与えてはダメだ。一枚行ってくれ!声にならない声で私はスタンドから念を送ったが、結局は致命傷になってしまった。いや、言いたかったのはマリノスの守備対応ではない。

 

そして私がもたもたしているうちに、「ジャッジリプレイ」が公開されてしまった。小幡さんを含めて、原、平畠両氏もPKではないと断言していて、後半はダイブを取るべきか云々の方に時間が割かれていた。

 

大切なことを、実況も担当した桑原氏が言っていた。「僕も実況をしている瞬間はPKだと思った。でもリプレイを見たときにアレ?と思った」 ここなのだと思う。

 

VARルールのない中で主審にはビデオを見ることもできない。よそ見の許されない一発勝負。DAZN中継のスタッフたちは直ちにリプレーでの検証ができる。それをスマホ片手にスタンドのファンたちも見ることができる。むしろリプレイを自由に見ることのできない稀有な存在が、レフェリーと選手たちなのである。VARが復活したとて、介入されるプレーは限られるが、このシーンはPKか否かなので、VARは間違いなく介入したことだろう。で、フィールドオンレビューで、郷家のダイブが見抜かれて警告。こんなところではないだろうか。

 

飯田主審は極めて適切な距離でこのプレーを見ていた。番組では、角度の問題から郷家の軸足、実際にはまるで接触していない右足を払ったように見えたのでは?との指摘もあった。繰り返し、繰り返し見ればタカの足と郷家の「右足」は接触していない。では聞きたい。あなたはあれを一度きりの、通常の速度で、正しく判定できるのか。時を戻せば、桑原氏と同様に私はPKだと思った。現地のゴール裏、ちょうど飯田主審の真逆の角度から見ていた。隣にいた息子の憤りをたしなめるように「いや、しょうがない、あれはひっかけてるよ」

ビデオを複数の角度から、通常の半分以下の速度に落とした上で見た人は言う。「違う」

 

 

もう一点、PKの判定を下す、つまり笛が鳴るまでの約1秒間の間合いについて。言うまでもなく、神戸のアドバンテージを瞬間的に取ったテクニックだ。だがすぐにマリノスにボールが渡りチャンスが潰えることになったため、巻き戻してPKを告げた。これを遅いだの、間が悪いだの、言う人がいた。私は逆である。アドバンテージを適切に管理できる主審はすごい、と。

 

ファウルを見逃すまい!と血眼で見ていると、つい反射的に笛を拭いてしまう。積極的にプレーを止めにかかってしまう。目の前の、今を追うだけでも必死だからだ。だが一流は未来を予測する。止めてしまったらもう戻せないからだ。けれど、予測した有利な事象が「直後に」起こらなかったら、巻き戻せる。ファウルをおかした方は、流されたと思ったファウルを取られるとガクッとなる。文句を言いたくなる気持ちは分かる。だが逆の立場なら、同じ人は真逆の文句を言うのだ。「おい!止めるなよ!アドバンテージ!流れ読んでくれよ」

もうその人が主審やるか、結末を知っている神を未来から呼ぶか、好きにやってほしい…。

 

こんなシーンもあった。後半AT、ビハインドのマリノスは猛攻を仕掛けて、神戸は押されながらもカウンターでの止めを狙っていた。神戸選手がオフサイドだったので副審は旗を挙げて静止する。

だがプレーは止まらず瞬時にマリノスがボールを奪ったためにマリノスの攻撃が始まった。その時の副審の切り替えの速さよ! オフサイド適用がないと判断すると、直ちに旗を下げ、主審は全速力で神戸陣内に入り、副審もラインに合わせてポジションを修正する。こうしたプロフェッショナルの動きがあって、高速カウンターは成り立つ。

 

スコアだけ見ると、PKでないはずのPKで勝点2を失ってしまった。マリノスにばかり3枚の警告が出た。マルコスの異議やティーラトンの接触は、観客席からだと「えー!」と思った。

だが試合前、セレモニーでの飯田主審への拍手は温かなものだったと確信している。その功績を今回の試合結果や不本意な判定だけで、覆す、取り消すのは違うはずだ。VARがないことで得もある、損もある。誤審による恩恵を受けることだってたくさんある。トータルで言えばチャラ(のはず)。

 

ミスを許す、ミスした者は繰り返さないように技術向上につとめる、改善を褒める、フェアプレーを胸に刻む。お題目でなく言い続けていこうと思う。

 

 

 

半年ぶりに公式戦の笛を吹いた話

趣味が高じて、とまでは言わないが、今年1月に3級審判の昇級試験に合格した。普通のお父さん審判は4級資格を取る。公式戦ならば、それが小学生の市区町村レベルであっても、この4級審判の資格が必要となる。ただ半日の講習を受ければ、誰でも左胸にレフェリーのワッペンをつけることができる。

だが3級になるには、ペーパーと体力テストを受けなくてはならないし、私のようにただ単にJリーグを見るのが好きで、子供のサッカーを送迎するレベルのお父さんは普通昇級試験など受けない。4級と3級の差は大きく、2級はもっともっと上にいる。なおJリーグの審判員は、1級資格を持つスーパーエリート達であり、普段ネット上で、うげー○○審判かよ、とか八百長だなとか、誹謗中傷まがいな言葉に晒されているのはさらにその上の国際主審たちであることも多い。天上人であることは殊更強調しておきたい。

 

恥ずかしいのだが、私も以前は、○○審判はファウルの基準が曖昧だの、下手くそだの言ってしまったことがあるが、審判員の端くれになってからは一切言わなくなった。あの人たちの凄さをほんの少しだけ思い知ったからだ。

 

今年1月の3級昇進後、ほどなく公式戦シーズンの到来を待たずにコロナでそれどころではなくなった。小学校レベルでは、この秋の公式戦の開催すら断念した市町村もあるという。が、息子シュンスケの所属する23区のとある区は、無観客試合の措置、選手全員の2週間検温、指導者(コーチ)がその後の試合の審判を兼任するのは不可など、厳しいプロトコルを決めた上での区大会実施に踏み切った。万一、大会から感染者が出るようなことがあれば直ちに全学年、全大会打ち切りも含む決意に満ちたものだ。

 

小学校の区大会なのに、審判は4人制。慣習なんでしょうな。おいおい、J1と同じである。U12は全国大会も8人制サッカーなので、1人制の審判が一般的なのだが。したがって対戦チームから2人ずつお父さんを出し合って(上述の通り、今大会は監督やコーチは審判員を兼務できない)、片方のチームが主審と第4審、もう片方が副審2人を担当するというのが習慣である。

 

3級審判になって8ヶ月。初めての公式戦がついに来た。息子チームの1回戦、その直後に行われる2年生チームの試合を担当することになった。私の3級受験の動機の一つに、相手チームに舐められたくないというのがあった。実は、その人が何級の資格保持者なのかはワッペンの色を見れば一目で分かる。J1中継では、金色つまり1級か、さらに上位の国際資格を示す「FIFA」マークしかあり得ない。4級は緑、3級は薄いブルーなので、そんな審判ヒエラルキーは胸元を見れば明確なのだ。相撲の世界のような番付至上主義ではないが「3級かね、ふむ、僕もだよ」というベテランっぽい審判からの視線は、この日、何度も感じることとなった。

 

さて、担当試合の15分前には相手チームのお父さんとの顔合わせで、主審、副審の割り当てを決める。目の前では互いの息子たちが試合をしているのだから、なかなか面白いシチュエーションではある。以前にはライバルチームとの決勝戦で同点の状態でこの顔合わせをしたこともある。緊迫した中で和やかに打ち合わせをしていたが、我が軍の勝ち越しゴールに思わず「よし!」と口走ってしまい、微妙というか不穏な空気にしてしまったこともある。気遣いが足りなかったが、ラストパスを出したのはウチの息子だったんだ。すまんな。我が国史上最高と言われるファンタジスタと同じ名前にしてしまって、本当にすまんな。

 

この日は、相手チームのお二人も、自チームのもう一人も皆が緑ワッペンだったこともあり、相手の方が私の胸の色を見るなり、あっ…上級者やという顔色になった。舐められたくないという私の動機は見事にいきなり達成され、当然のように主審に推挙されたわけである。直前まで、自チームのもう一人が「主審やりますよ」とか覚悟を決めてたくせに、逃げやがったのはここだけの話だ。

 

3級審判としての公式戦デビュー、当然だが4級でも私より経験豊富で上手い人はいくらだっている。だがこの胸の誇りをかけて、笛を吹くしかない。

無観客試合…。独特の緊張感がある。一応は練習試合でも腕慣らしはしてきたが、やはり公式戦は違う。小学2年であっても、春がなかった分公式戦は1年ぶりだという重みもある。1回戦ながら、両チームとも4強または8強に入るくらいの力がある好カードでもある。

 

主審の仕事としては、いろいろある。15分ハーフの試合で飲水タイムも忘れずに取らないといけない。その分の時間はアディショナルタイムに足すことも忘れない。コイントスで陣地を選ぶべきチームのキャプテンが悩み込んでしまい、全然決断してくれない。どうやら入場直前にキャプテンと言われた初めての体験のようだ。いや、陣地を決めてもらえないのは私も初めてだ。

 

小2だとまだまだお団子サッカー。ラグビーでいうところのモールのような状態がしばしば起こる。この時に誰かが相手の足を蹴ったとしても見切れない、正直。素人審判なりに次のプレーを予測して、ポジションを変えるのだが、低学年はなかなか常識が通用しない。えっ、そこで空振りっすか…。えっ、そっち蹴ります…? 8歳の動きに惑わされ、振り回されるO-40。

 

試合はロースコアでお互いに攻め合う内容。そうすると、片方のパパコーチらしき帯同者がヒートアップし始めてしまったのが、ピッチ中央にいてもわかる。

「おい!足蹴ってるよ!」

「ファール!ファール!!」

(スローインが相手ボールだと分かり)「えーっ?!」

「ちゃんと見てよー!!」とか、全部聞こえる。たぶん普段なら親たちがワーワー、キャーキャー言うから審判の耳には届かないはずの声。

うーん。ベンチに警告出そうか…。でも険悪にはしたくないからじっと我慢。淡々と試合を進める。

 

我ながら流れの中で、相手チームへのPKをしっかり判定できたのは良かった。ダンゴ、控えめに言っても密集なのだが、エリア内でスライディングがアフター気味に入ってしまい攻撃側が転倒。あっ、PKじゃないかと認知する前に、毅然とペナルティスポットを指差す私。選手が重なって、ベンチから見づらかったのは間違いないが、自軍がPKを与えてしまう場面だったが、パパコーチからのクレームはなかった。西村雄一ばりのドヤァ。

ただ低学年は、キッカー以外エリア内に入ってはいけないとか、その辺もちろん知らないので、えーと、誰?誰?キッカーは誰なの?とか、再開の笛を吹くまでが大変…!

 

で、「陣地を選んでくれなかったキャプテン」がこのPKを豪快に外し、その後、30分の試合は1-1でタイムアップを迎える。延長戦なしのトーナメントなので、こないだのルヴァン杯の横浜FM対札幌のように、即PK戦である。正しい用語では、ペナルティマークからのキックによる勝敗の決定である。あぁ、予期せぬ残業だったが、ゼロックスのような展開にはならず規定の3人が蹴って勝敗はついたのだった。けれど低学年なので、決着した瞬間に勝ったチームも自分たちが勝ったことに気付いていないのには脱力した。

 

ちなみに異議の多いパパコーチは、PK戦が何人制かも把握されておられなかった。そういうことだから、ジャッジに文句を連発するのかもしれない。私は一生懸命吹いた。どっちのボールかを間違えたのもあったかもしれないし、ファールにすべきプレーを流してしまったのもあるだろう。ファールスローに気づいた副審の合図を見逃して流してしまったのも一度あった。でも、一生懸命、息子よりも年下の選手たちにもリスペクトの気持ちを持って接した。

 

だが、あのコーチに正しいリスペクトはあったろうか。そうでないと、私は感じてしまった。久しぶりの審判をまっとうできて本当に楽しかったが、何かわだかまりは残った。

 

この話にはまだ、続きがある。

 

私の担当試合の前、すなわち息子たちの試合ではもっと不慣れな副審がいた。申し訳ないが明らかに誤審と分かるオフサイドの適用ミス。それも連発されてしまい、息子チームは大いに不利益を被った。オフサイドラインの後ろから飛び出してきた選手が、オフサイドラインの向こうでボールを触るとオフサイドになる。もうめちゃくちゃだ。

 

だが。

 

だが、審判の判定は絶対。そんな副審のジャッジを信用できなくなった主審は途中から自分の眼だけを頼る。オフサイドの判定、タッチラインを割ったときにどちらのボールかを副審に委ねることができなくなるということは主審にとっては本当に辛い。何やってもオフサイドを取られる子供たちも辛い。そんな審判を派遣した、さらに前の試合のチームに対して怒りを感じたのは確か。息子チームのコーチは、どこがオフサイドなのか!と遠巻きに怒鳴る。ベンチ側の副審に聞こえよがしに、後半勝負でしょうがないよ!こっちの副審はちゃんと見てくれるからね!と、選手たちに言い出す始末だ。

 

コーチの行為も到底許されるものではない。審判へのリスペクトを示す模範的な行動が求められる立場であるコーチがそれをやってしまえば、子供たちの心に審判へのリスペクトが育まれるはずがない。家に帰ってきた息子も、副審に対して憤っていたし、コーチが怒るのも当然だと言っていた。

 

それでも、ダメなものはダメだ。ひどい判定にはその審判と、その人をアサインした人に責任がある。だが恨んでも仕方がない。誰かが裁かなければゲームは成り立たない。それに、抗議するにしてもリスペクトをもって抗議しなければならないと息子には伝えた。私はU-8の選手にもリスペクトをもって接したつもりだ。その気持ちで準備をし、規則を読み込み、前日の飲酒を慎んだ。

 

私の抱いたわだかまりは、試合後、その夜の飲酒とともに溶けていった。連盟のホームページにはその日の試合結果、1-1(PK3-2)とだけ記されている。そこには記されないディテールを私は審判日誌に簡単に記す。次はもっと公平に、公正に。少しだけカッコつけたい。

 

審判のことを褒めてほしいとは言わない。サッカーに対する愛や、競技、選手へのリスペクトを感じ取っていただきたい。ハーフタイム中のポカリと、試合後のビールを差し入れてあげてほしい。一緒にがんばろう。

 

 

 

松原健のスライディングに関する考察

三協フロンテア柏で行われた柏レイソル対横浜F・マリノスの両チームが球際で激しくしのぎを削り、スピーディでハイテンポな好ゲームとなった。マリノスは3-1で、勝利し今季初の4連勝を挙げた。しかしながら前半34分、マリノスのペナルティエリア(PA)内で起きた松原健のスライディングにより、柏MF戸嶋祥郎選手が左足(首?)を骨折という痛ましい負傷が発生してしまい、後味の悪さが残ったことは否めない。

戸嶋は試合前日に25歳になり、筑波大学からプロ入り3年目でこの夏にJ1デビューした気鋭のMFで、ネルシーニョ監督に託されたのは3−4−2−1の4の左だ。8月はサブスタートが多かったが、9月はほぼ全試合で先発しフル出場を果たしている。この日、左シャドウには攻撃の柱、江坂任がいるがWBは攻守に大変忙しい。一方の松原健は、2試合ぶりの先発で、3CBの右に入った。4バックの時も本職の右SBを務めるのはもちろん、2CBの片方に入った時も堅守を見せた。右WBもやる。在籍時期は違うものの二人とも前所属がアルビレックス新潟という共通項がある。

なぜ起こったか

エリア角付近で、江坂が大きなサイドチェンジを受けたのを合図に柏は先制点を取るべく、グッとギアを上げた。江坂に対峙するのは古巣対戦の小池龍太だ。その小池の意表をつくように、江坂は横に小池を釣り出しつつ、追い越してきた戸嶋に縦方向にヒールでパスを出す。これで1人で2人の対応を迫られた小池の反応がわずかに遅れたことを見逃さず、戸嶋は小池を交わしてエンドラインぎりぎりのところに蹴り出した。そして中央にいる味方にパスを供給したかった。

そこに走り込んできた松原健は両足を使ってスライディングを行い、パスを阻止しようとした。だが、戸嶋の方がボールへのプレーが早かったため「アフター」となり、戸嶋の左足と、松原の右足裏が全速力で正面衝突する形となってしまい、その瞬間鈍くて大きな音が響いた。そのまま戸嶋はうずくまったまま、プレー続行不可能となってしまった。

ご覧の通り、マリノスサポーターによる文章なので、あえて松原を擁護することはしない。怪我をさせる気はなかったはずだ、などとサポーターが言っても説得力はない。なので、感情に走らず、ファクトにこだわって考察してみたい。少なくとも誹謗したり、憎悪を膨らませることはしたくないし、逆に少しでも真実を考える一助になればいい。

ラフプレーという事実とノーファウルという判定

このプレーのタイミングは、ボールが戸嶋から離れた後なので、「アフター」に該当するが、松原が触るか戸嶋が先か際どいタイミングだった。ただしそうだとしても、松原は足をたたむなどして衝突のショックを和らげることができたかもしれない。相手に怪我をさせない配慮や注意がなくてもファウルとなる。(警告や退場といった懲戒はない)そして不幸にも大怪我を負わせてしまった。結果からみれば、危険なプレイ、ラフプレイだった。それはよくない。
今はただ戸嶋選手の1日も早い回復、復帰を願うばかり。それは松原も同じ気持ちだろうと勝手ながら思う。

柏サイドから見れば、怒りを一層掻き立てるのは、これがノーファウルという判定結果だからだろう。ご存知の通り、今季のVARはない。正確に言うとなくなった。そのため、繰り返しビデオで見ればはっきりとアフターの、かなり危険なプレーであることが明らかとなるが、主審が見た一発で判定は決まるのである。

リプレーを見ると、上田主審は両選手の接触を15m程度の距離でしっかり見ている。視線でも接触を捉えた上で、直後に江坂のシュートがマリノス・喜田の伸ばした足に当たり枠外に外れたのを確認すると、ファーサイドのコーナーキックを指示している。角度的には破綻なく視界に捉えられていた可能性が高い。私のような素人審判だと、ボールの動きを目で追ってしまい、直前のプレーの「後」つまりアフターを見切ってしまうことは多い。だが上田主審は少なくとも視界に捉えていたように見える。あれだけの音がDAZNからでも聞こえてくるので信じがたいが、あの瞬間は主審は正当なコンタクトだと思ったのではないか。また視覚情報としては接触を確認できていたとしても、江坂がシュートチャンスを迎えている以上、瞬間的にPKを取りづらい精神状態になったということも考えられる。

何れにしても、主審がPKとしなかった時、(わずかなアドバンテージの気持ちはあったかもしれないが)ノーファウルという判定であり、松原に警告や退場が出ることはない。だが、無謀に=警告相当、過剰な力で=退場処分 のいずれかであったことは、リプレイを見る限りは明白だ。正しい判定であったとは言い難い。

悪質性をどう捉えるか

何度見ても、衝突のシーンは辛い。松原のプレーは批判されて、非難されて然るべきだ。起きてしまったことは覆らないし、また真剣勝負である以上、怪我のリスクを排除できるわけがない。だけれども、少しでも減らしていきたい事故である。ただ故意なのではないか、をはじめとして、行き過ぎた批判や人格に対する嫌悪や誹謗中傷も少なくないようだ。

もしそうならば、柏の選手はどうなっていただろう。主将・大谷秀和を始め、黙っていなかったに違いない。松原を取り囲み、報復しようとする者もいたかのではないか。だが、戸嶋の状態を心配しながらも、そのように激昂する動きはなかった。松原も倒れ込んだ戸嶋に直接、言葉をかけている。謝罪もあったのかもしれない。


松原がハーフタイムで交代したのは、彼自身が負傷したから、とポステコグルー監督は説明した。「負傷させてしまったから」ではないようだが、球際の強さ、アグレッシブさが損なわれないでほしい。

繰り返しになるが、戸嶋選手の早い回復を願います。再びピッチで活躍できる日を、サッカーファンの一人として待っています。