今年もマリノスにシャーレを 2020

シャーレを掲げることは難しく、守ることはさらに難しい。連覇に挑む2020年、アウトサイダーではなく本命として、今年もシャーレを掲げよう。座右の銘はシャーレです。

家長の2発に屈した借りは、最終節でシャーレとともに【J1第1節●川崎戦0-2】

仕事が終わった時間は、ちょうど後半開始あたり。そのため私は、0-2のビハインドで後半を迎えたところから視聴を始めた。そのため普通の人と異なり、後半→前半という順番でこの誇り高き開幕戦を見守ったことになる。

後半で目立ったのは、前田大然のフルスロットルな、ある意味では常軌を逸したプレスだった。オナイウ阿道のシュートがゴールポストを叩いた決定機は、大然の果敢な守備によって生まれたショートカウンターがきっかけだ。高卒ルーキーである樺山諒乃介が左WGの開幕スタメンを飾ったことが大きな話題となった一方、新戦力のエウベルが怪我で調整が遅れた時点でもっとも先発に近いと思われた前田大然の心に期すものがなかったわけがない。

川崎側で最も果敢なプレスを見せたのはレアンドロ・ダミアンだったが、そのダミアンのプレーに触発されたように、エリキを失ったことを感じさせないように、前田大然は中央で戦った。攻守の切り替えの速さは終始すさまじかった。悲しいかな、守→攻よりも攻→守の切り替えのほうが回数としては俄然多かった。それが彼我の底力の差を表している。

正確性。一本のスイッチを入れるパスが繋がるか、相手にわたってしまうのか。些細であり、たった一人で打開し、フィニッシュまでをやりきるでない限り、フットボールは結局のところ、味方にいかに有利な状況でボールを預けられるかが極めて重要なスポーツである。

気負いなのか、未熟なのかは、ともかくとして我が軍の正確さは、相手のそれを下回った。せっかくボールを奪回しても、むざむざとパスミスで相手に主導権を渡してしまってはリズムを掴むことができない。

このチームと対戦すると、「君たちがやりたいことって要するにこういうサッカーでしょう?」と余裕のパス回しで言われている気がして、余計に腹が立つ。
家長に屈したというと、少し語弊がある。山根のラストパスも見事だった。レアンドロ・ダミアーンの集中力も常に鬼気迫るものがあった。
ダミアーンと伸ばしたのは、実況の下田さんに対するリスペクトである。ダミアンではなくダミアーン。ピンとこない方のために補足すると、アクセントは「ハマカーン」とまったく同一である。

川崎を跪かせることができなかったのは痛恨である。確かに強い。おそらく今年もこの優勝争いを盛り上げようとか思わない身勝手なチームを中心に回っていくのだろう。不愉快極まりないが、強いものは強い。


この開幕戦、DAZNにてリアルタイムで視聴した数が史上最多記録を更新したそうである。金曜夜にたった1試合行われた新旧チャンピオンチームの一戦だから、だけではない。両チーム関係者やメディアも盛んに盛り上げたからだ。

開幕戦で戦った相手と、最終節で再び相対する。昨年、コロナで日程がめちゃくちゃになる前には、ガンバのアウェイ戦が組まれていたように、開幕戦と最終節の相手が同じであることは少なくない。ところが今年は2カード、4チームだけだ(もう1カードは札幌対横浜FC)。

やり返すチャンスでしかない。38節、史上最多の20チームによる覇権争いで、ディフェンディングチャンピオンを葬り去ったうえで王座奪還。
これほどの舞台はない。そのためにも、ここからの上積みが重要となる。

完成度で川崎に一日の長。ここから埋め返していくだけだ。

開幕戦当日。どうしても勝ちたいから

開幕戦。たかが1試合、されど1試合。34分の1、いや今年は訳あって38分の1といつもより比重が軽い。
なのに、とても重たい。

相手が川崎フロンターレだからだろうか。2020年J1王者にして、Jリーグ史上最強との呼び声すらある。2019年にリーグを席巻して王座についた横浜F・マリノスの偉業を、世間の忘却の彼方に追いやった罪は深い。守田が海外に移籍して、中村憲剛はFROとなったらしい。FRO=浮浪などと読んではいけない、フロンターレのFで、あとの意味は、すまん忘れた。

その他の選手は健在で、ゼロックス杯で川崎の強さは今年もすでに証明されている。アンカーポジションに入るであろうシミッチの前後で扇原貴宏とマルコスジュニオールは挟んで中盤を制圧できるだろうか。そこに脇阪と田中碧が絡んでくる。個々の質は言うまでもなく高い。


やはり開幕戦はただの1試合ではないのだ。2019の開幕戦は吹田スタジアムだった。安いミスからの失点を取り返して、仲川輝人やエジガルジュニオのゴールで3-2と見事に逆転勝利を飾った。そして最終節で戴冠した。連覇を目指した2020年は、逆に日産スタジアムにG大阪を迎え撃ったものの、してやられた。その後は新型コロナで4か月の中断を余儀なくされたが各チームのマリノス研究が進んだことの証明でもあった。結局シーズンを通して、川崎やG大阪に追いつくことはできなかった。

2020年シーズンがあまりにも異常な日程となったので、2021年はまともになると勘違いしやすい。が、ルヴァン杯のグループリーグは普通に6試合あるし、リーグ戦は38試合に増えている。天皇杯のレギュレーションも普通の年に戻るようだ。延期となった東京五輪による中断期間が立ちはだかる以上、今年の日程もだいぶエグいのだ。

選手層の厚さが問われる。好不調の波をできるだけ小さくすることが求められる。相手を走らせて自らは止まり、一瞬のスキをつく川崎のスタイルは確かに有利だ。だけれども開幕戦ではまだ過密日程は関係がない。どちらがこの試合に照準を合わせてきたか。

去年開幕のG大阪が私たちに対峙した時にそうだったように、前年の王者相手に燃えないチームなど、奮い立たない選手などいない。


川崎の鼻っ柱を折りたい。

ゼロックスの戦い方と同様に、川崎は来る。すなわち、ある程度マリノスにボールを持たせても平気なふりを見せてくるだろう。
三笘薫を誰もが頼って、1対1を仕掛けてくるかもしれない。ジェジエウがJ最強のCBだと中村憲剛が語れば、栗原勇蔵はいや、チアゴ・マルチンスが上だと言った。両チームが攻撃的になればなるほど、この二人の出来にも注目が集まる。


スターティングメンバー、新システム、金曜夜のただ1試合の開幕戦。十分な準備期間を取った新旧王者はどちらが優るのか。

今年が終わったときに、再び王座交代、奪還を成し遂げるための最初の一歩だ。

18時、等々力陸上競技場で29年目のJリーグがスタートする。

勝ちたい。

歴代外国籍選手 列伝Ⅲ(2015~2016年)

カイケに投じたお金は決して小さくない。彼が横浜にいたのは1年だけなのに、在籍していたのは3年という、このパラドックス。このクラブ史に残る失敗から学んだことも計り知れない。事実としてカイケ以降、マリノスは失敗していない。瞬間風速的な実力だけでは測れない外国籍選手の価値。性格が真面目かどうか、上から目線で出稼ぎ気分ではチームにマイナスとなりかねない。

現在の大黒柱であるマルコスの移籍にも、カイケの助言が効いているという。とするならば、カイケは糾える縄の如しということになる。
それでは、お聞きいただきましょう。カイケサスペンス劇場「渡るカイケは鬼ばかり」立身出世編!!


過去の記事はこちら
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■2016年、今なお悲しみは雪のように

FW:カイケ・KAYKE

背番号9、88年4月1日生まれ、ブラジル出身。現所属:ウム・サラル(カタール)
カイケも筆の誤り。石の上のカイケも三年。門前のカイケ習わぬインスタに溺れる。溺れるマリノスはカイケをも掴む。数々の名ことわざを私たちに教えてくれた。不良債権という言葉の重みを私たちに教えてくれた。期待されていた能力あるストライカーだけにお値段も高かった。だからこそ、売るときもほとほと困った。

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年俸1億1千万円。できるのにやらない。そりゃないぜ。

試合中も競らなかったなぁ。怪我を恐れているのか、チームを舐めているのか。ピッチで中村俊輔や中町公祐が怒鳴り散らしても、変わらなかったな。
日産スタジアムよりもマリノスタウンよりも、銀座が好きだった。ネイマールにTwitterで絡み、トップチームが試合中の最中にインスタで遊んでいる姿をアップし、試合後の整列は拒否し、練習には遅刻した。そりゃ、規律を重んじるモンバエルツ監督でなくても、練習参加を禁じる謹慎処分くらいにはするだろう。それでもなお、反省することはなかった。

いいところもある。ルヴァン杯の大宮戦で見せた値千金のゴールには興奮した。ファイトあふれるプレーを見せたとは言い難いのだが一瞬のプレーの非凡さは数回確認された。モチベーションが伴わなければいいプレーは続かない。もったいないことだ。あ、そういえば彼の子供は可愛かった。嫌というほどSNSで見かけたっけ。
思い出すなあ、マリサポみんなで、ニッパツで来日したばかりのカイケを大歓迎した。ジーンズ姿のカイケも大きく手を振って声援に応えた。でも、こんな風になるなんて。

マルコス・ジュニオールが移籍するにあたって「日本良いぜ」と助言したらしいが、それは成長できるポジティブな環境という意味合いではなく、いい感じで稼げるぜという意味ではなかったのかなと邪推してしまう。とまれ、マルコスの来日に彼の助言は大きく影響したらしい。とするならば、やはりカイケもマリノスファミリーだということになる。カイケとは2019年初頭に契約解除するまで長いご縁をもった。

FW:マルティノス・MARTINUS

背番号20、91年3月7日生まれ、キュラソー出身。現所属:仙台。
これぞそのままカリブの怪人。歩く不良債権とほぼ同時期に、来日してマリノスにやってきた。ルーマニアのボトシャニで、半年間給与未払いなどという過酷な環境に耐えていた彼にマリノスからのオファーはさぞや人生の転機となったことだろう。そして、そのメジャーとは言えない経歴から、カイケに比べれば期待値が高かったとは言い難い。

しかし、事実は小説より奇なり。デビュー戦となった吹田スタジアムでスピードを生かしてカウンターを決め切って決勝点を叩きこむと、その後も持ち味を発揮して主に右ウィングとしてシーズンを通して活躍を続けた。独特のリズムと、発達した長い手足を使ったドリブルは対峙するディフェンダーを混乱に陥れたと言える。

最大の課題は、大げさに転がること。痛がりなので、ちょっとやそっとのことではプレーに戻ってくれない。逆に言えば、乗せるとがんばる。張り切る。なので、あの頃のマリノスサポーターは、かなり多めにマルティノスの名を叫んだはずである。え、みんな、僕に期待しているの…?! 痛い、痛いけど、やったるでええぇぇ。的な。

カイケがアレだった分、余計にマルティノスのコスパは素晴らしいものがあった。サイドで質的優位を保てるというのはデカい。もしマルが、アンジェ時代のチームに居たならば、どのようなプレーを見せてくれただろうかと想像することがある。事実としては、浦和に引き抜かれてしまった。ただし2億円ともいわれる移籍金をチームに残してくれた。この点、同時期に両翼を担った、生え抜きの移籍金ゼロの選手とは大きく異なる。

浦和ではあまり輝けなかったことも含めて、なんだか愛おしい。

DF:パク ジョンス(朴正洙)・PARK Jeongsu

背番号2、94年4月12日生まれ、韓国出身。現所属は城南FC。
大卒新人として、いきなりJリーグにやってきた珍しいパターンのセンターバック。
188cmの恵まれた体格を生かして、空中戦には強さを発揮したが、意外にもフィジカルはさほど強くなく、強靭なブラジル人FWにうまく体を当てられるとバランスを崩すことがしばしばあった。足元の技術も高いのに、なぜか1試合に最低一回は「やってはいけない」レベルのミスをやらかす。

ただし対人守備は強い。しつこいディフェンスが出来て、マークされた選手は満足に前を向けないことも多い。新卒当時から日本語は流暢で、日本人選手や監督、スタッフ陣とそつなくコミュケーションを取れる。また足元に自信がある選手特有の持ちすぎるクセがあるため、失点に直結することも。そのため最終ラインのレギュラーを任せるのはどこか不安が漂う選手ではあった。
でも、いつもロマンを感じさせたのは確かな技術があったことと、童顔で、いつも爽やかな笑顔を振りまいていたため女性人気が高かった。


柏、鳥栖と渡ったが、いずれもレギュラーポジションは確保できずに、2021年シーズンから母国のKリーグでプレーする。


■2015年、CFG一発目に”アンダーセレソン”がやってきた

FW:アデミウソン・ADEMILSON

背番号39、94年1月9日生まれ、ブラジル出身。現所属:???。
CFGと提携して、最初の補強がU-23ブラジル代表で10番を背負ったこの男だった。
当時の強化責任者は下條本部長。当時4-2-3-1を採用していたマリノスの1トップ候補は、ラフィーニャ、伊藤翔、矢島卓郎、端戸仁。彼らが相次いで故障で離脱したため、開幕直後にアデミウソンの獲得が発表された。

ときはエリク・モンバエルツ監督の就任1年目。おフランスから、アンリやトレセゲを取るわけにはいかないが、ブラジルから期待の若手を連れてきた。口説き文句は「CFGで夢を叶えないか」だったに違いない。

ドリブル突破のスピードと、的確な判断力。当たり負けしない屈強な体。なるほどセレソンに選ばれるレベルはこれほど高いのかと、思い知った。
強いだけでなく、時には一歩下がって攻撃を組み立てることもできる。一目でただ者ではないことを彼のプレーが伝えていた。
第2節で早々にデビューすると、最終戦まで全試合に出場を続けた。樋口体制からエリクに代わった発展途上のチームに合ってまさに大黒柱。ボディバランスに優れ「絵」になるプレーヤーだった。あの年のゴールドのアウェイユニフォームがすこぶる似合っていた。アウェイの松本で放った美しきボレーシュートは今も脳裏に焼き付いている。

期限付き移籍だったため、所属元であるサンパウロとマリノスの交渉の行方が注目された。完全移籍には10億円とも言われ、到底マリノスに出せる金額ではなかったため、せめてレンタルの延長をという願いむなしく、発表されたのはG大阪への期限付き移籍だった。当時ACLに出場権を持つG大阪ならば、アデミウソンが国際的にも注目されて高値での移籍を見込めると期待されたのだろう。あれは悔しく、受け入れがたかったが、サッカービジネスとはこういうものなのだと思い知らされた。

その後、G大阪に5シーズン所属し、120試合以上に出場した。だが2015年のマリノスでのパフォーマンスを超えた年はなかったのではないだろうか。
20年シーズン途中に、飲酒運転で交通事故を起こしてしまい、契約解除となる。

21年2月現在、その後の所属先は決まっておらず、現在はブラジルに戻っているものと推察される。日本で新たな所属先を見つけるのは難しいだろうが、あれだけの才能。ぜひ再び輝きを見せてほしい。



アデミウソンとカイケ。これほどの振れ幅もすごい。彼らがいなければ今所属している選手もいなかったことだろう。一見つながっていないようで、つながっている。たった1年しかともに戦うことができなかったにもかかわらず、これだけの印象を今に残している選手たち。1人の外国籍選手には、「1名」以上の存在感がある。


需要がなく、あまり読まれていない記事なのが悲しいが、もう少しだけ掘り下げていくぞ。

歴代外国籍選手 列伝Ⅱ(次に2016~2018年編)

外国籍選手の数だけ、物語がある。

歴代外国籍選手 列伝の第一弾を読むにはこちら↓
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第一弾で取り上げた直近3年の加入選手は極端にブラジルに偏っているが、アイザック・ドル氏が強化部長を務めていたころ=CFG初期は実に多国籍だった。これ以前の時代とも、現代とも空気感の異なる、「インターナシオナル・トリコロール」の時代があった。

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2016年以降、マリノスは多国籍時代へ突入したマケドニアやキュラソーの国旗を初めて見たという方も多かったはず

■2018年 ボス初年度は混迷の残留争い。立て直しが迫られた

FW:ユン イルロク・YUN ILLOK

背番号25、92年3月7日生まれ、韓国出身。現所属:モンペリエ(フランス1部)

新生・マリノスの命運を左右する存在として大枚をはたいて獲得。韓国元代表の看板を引っ提げて、主に左ウィングとしてプレー。真面目で実直。アジア大会金メダルの実績があるため、韓国選手特有の悩みである兵役も免除。テクニシャンで頭もよい。
ところが、マリノスというよりはボスの志向するプレーヤーではなかったということになる。翌年、ボスが獲得を望んだのはマテウスだったわけで、「合う」「合わない」はある。それが端的に出てしまったケースと言える。

ユンユン(と呼ぶのも懐かしい)が得意だったのは、味方の力を借りながらコンビネーションで崩すやり方。でもマリノスが求めたのは、「ボール、預けました!サイドをなんとかしてください。ほかのみんなはエリア内に駆け込んでお待ちしています。どうぞお願いします」…そりゃ合わないわ。

開幕から2か月間はほぼ全試合で左ウィングでスタメンで出場するも、5月以降は出場機会はすべてが30分以下で途中出場の5試合のみ。秋には、ほぼベンチ外になっていたものの、伊藤翔や遠藤渓太らが負傷していたこともあってルヴァン杯の湘南との決勝戦では出場。「うーん、今さらユンなのか、うーん」という感は否めなかった。ついに公式戦のゴールはゼロのまま日本を去ることとなる。

ただし彼の名誉のために言うと、マリノスが保有権を保持したままで済州ユナイテッドに移籍すると2019年は二桁得点の大活躍で覚醒し、モンペリエからのオファーを受けて渡仏を果たす。フランスから触手が伸びるようないい選手だったのだ。だがマリノスには合わなかった。契約解除のお知らせは、予期していた時期に来たとはいえ少し悲しかった。二度目の海外であるフランスでは長く活躍してほしい。



MF:オリヴィエ ブマル・Olivier Boumal

背番号20、89年9月17日生まれ、カメルーン出身。現所属:FCサブルタロ(ジョージア)

今も覚えている人がどのくらいいるか分からないが、加入が発表されたのは日産ギャラリーで行われたポステコグルー監督と、若社長・古川宏一郎のトークショーの中で、突如、新選手の契約がまとまったというサプライズ報告、またの名を茶番で発表された選手こそ、ブマルだった。この茶番の時点で若干フラグは立っていたのだが、シーズン開幕まもなくで、監督の志向するアタッキングフットボールを推進するうえで重要な選手(ピース)だという説明。
いわゆるスピード突破が魅力のタイプで、上述のユンイルロクがスピード型ではなかったことから急きょリストアップされたという説が一般的だった。

ただし蓋を開けてみると、ゴリゴリ行くわけではなく、コンビネーションを使っての突破を試みてきたのでビックリ。あんなに立派なフィジカルを持っているにもかかわらず、意外にも周りに気配りして、クレバーで、確実性の高いプレーを好んだり。これは想像だが、マリノス側として期待したものとは違ったのかもしれない。

ユンユンが出番を失い、夏に移籍したミロシュの代わりにドゥシャンとチアゴが来たころ、ブマルも試合出場から遠ざかっていく。外国籍選手の出場枠のあおりを受けたという指摘をする方もいたが、個人的には久保建英の加入がブマルの出番を大きく後退させたのではないかと思っている。

でも、本当に笑顔が素敵な選手だった。ポステコグルー監督に直接口説かれたことで迷いなく中国から横浜にわたってくれた。「100万パーセントのモチベーションをもって」とも言ってくれた。カメルーン代表としてコンフェデ杯に出場した際に、ボスが率いる豪州代表と対戦し、攻撃的なサッカーに強く影響を受けたという。めぐり合わせというのは難しい。マリノスを1年足らずで退団すると慣れ親しんだギリシャに戻ると、現在はジョージアでプレーをしている。

ナイスガイだった。8-2で勝ったユアスタの仙台戦で豪快なヘディング叩きこんだ。今もあれでご飯三杯いける。

DF:ドゥシャン・DUSAN

背番号2、88年12月24日生まれ、セルビア出身。現所属:徳島

ドゥシャン・ツェティノヴィッチは魂熱き漢である。ドゥレ隊長との異名をとり、スキンヘッドと強面で横浜の最終ラインを守った。
鉄人と呼ばれた中澤佑二の連続出場記録が途切れ、元日本代表の栗原勇蔵も怪我がち、さらに現役豪州代表のミロシュ・デゲネクはW杯のロシア大会を最後に移籍を決断してしまう。なんとかサイドバックが専門の金井貢史でしのぐなど火の車状態のとき、ドゥシャンはやってきた。屈強なのは身体だけではなく、メンタルも最強だった。彼の加入でチームの最終ラインはなんとか安定を取り戻す。

だが強すぎて、激しすぎて、毎試合のように警告を受けるようになる。1試合に2枚の警告からの退場で1試合出場停止、復帰したかと思えばまた2枚もらって、今度は2試合出場停止。と執行猶予付き、仮釈放中なのにまたやらかすということで、シーズン後半はほぼ出場停止だったっけ。
翌19年は、畠中槙之輔の急成長もあり、開幕直前にレギュラーポジションを明け渡すと、その後リーグ戦は1試合のみの出場にとどまった。それでも、たとえベンチ外からでもチームを鼓舞し、盛り上げる姿は映像にも記録されている。
活躍は短い間だったけれど、彼がいなければこの年に降格していただろう。それほどチームを救ったという貢献度は高かった。現在、なぜか髪を伸ばし、徳島の最終ラインを支えている。今年はマリノス攻撃陣対ドゥシャンの戦いが見られるかもしれない。

DF:チアゴ マルチンス・THIAGO MARTINS

背番号13、95年3月17日生まれ、ブラジル出身。
Jリーグで最高のセンターバックと言っていいだろう。大げさでなく怪物、控えめに言っても”戦術そのもの”である。
アンジェ・ポステコグルー監督が目指す超攻撃的サッカーの前提となるのが高すぎる最終ラインだ。その裏には広大なスペースが空く。ボールを保持しているときは構わないが、相手にボールを奪われた直後にピンチになる。いや、大ピンチになるだろう、もしもチアゴがいなかったなら。
スピード、フィジカル、駆け引きとこれといった弱点もなく、チーム戦術の問題点を彼一人だけで解決できてしまう。だからチアゴは戦術そのもの、と呼ばれることもある。
でも個人的に一番好きなのは、試合が膠着状態のときに突如始まるチアゴのドリブル突破だ。彼がもし高い位置でボールを失うと、誰かが彼の代わりをしなければならないのだが、「そんな心配はいらないよ」とばかりに攻め込んでいってしまう。
2019年まではパルメイラスからのレンタルだったが、20年シーズンには横浜FMへの完全移籍が発表された。

チアゴがいるのと、いないとではあまりに最終ラインの緊張案がまるで違う。末永く居ていただきたい。愛称はチアゴ、チーちゃん。口ひげをたくわえて、眼光も鋭いうえ、かすれた迫力のある声をして、PKがめちゃうまいのだが、チーちゃんはチーちゃんだ。

■2017年 新たな幕開け、多国籍を極めた年

FW:ウーゴ ヴィエイラ・HUGO VIEIRA

 背番号7、88年7月25日生まれ、ポルトガル出身。現所属:ファレンセ(ポルトガル)
 元祖エモ型ストライカー。「多くのストライカーは足でゴールを奪おうとするだろう、違うね、ボールを蹴るのは足じゃない、ハートさ」との至言を残す(嘘)。彼のワンタッチゴールはびっくりするほど美しい。


 ウーゴを伝説たらしめたのは2つのハットトリックだと思っている。一つはJ1リーグ戦で湘南戦、ゴール前で抜群の落ち着きを見せて、なんと前半だけでハットトリック。しかしチームは4失点を喫し、ドローに持ち込むのがやっとだった。試合後に、「勝てなくて申し訳ない」とサポーターへ異例の謝罪が話題となり、守備陣を責めるでもなくチームの勝利を渇望する姿が大きな共感を呼んだ。二つ目は天皇杯、広島戦。0-2の敗退危機からウーゴの2ゴールで追いつき、試合は延長戦へ。2-2のまま、いよいよPK戦かと思われた120分の激闘で、GK飯倉からのロングフィードを受け取りタッチラインギリギリのところまで運ぶ。さあ味方に最高のクロスを!というシーンで彼がチョイスしたのは角度がないところからのシュート。これにはGKも完全に裏をかかれそのままネットを揺らす。敗色濃厚から、ありえない角度の決勝点、しかもハットトリックまで見せられてホームのニッパツ三ツ沢は歓喜に包まれた。
 
 劇的なゴールが多い一方で、消える時間帯も長かった。守備が免除されているとまでは言いたくないが、後のエジガルなどと比べるとファーストトップの役割は守備への切り替え時が重要なのだと分からされる。ドリブルのロストが多いとか、これ決定機イィィというところで意外に外してしまったりとか、そんなところも含めてウーゴだったので、18年シーズン終了後に契約満了となった後もサポーターに愛され続けている。
 20年は終盤に札幌に加入したものの契約更新にいたらず、再びポルトガルに戻った。

MF:ダビド バブンスキー・DAVID BABUNSKI

 背番号33、94年3月1日生まれ、北マケドニア出身。現所属:FCヴィトルル・コンスタンツァ(ルーマニア)


 草創期のG大阪で活躍したボバン・バブンスキーを父に持つ、親子Jリーガー。弟のドリアンも町田や鹿児島でプレーした。とくに親子そろってJ1で得点を記録したのは、水沼貴史・宏太、広瀬治・陸斗と、バブンスキー親子の3組しかいない。

 バルセロナ仕込みのテクニックで、練習を見ていても惚れ惚れする巧さを持っていた。当時、中村俊輔の退団が悪い方向に報道されて「マリノスは崩壊した」などと揶揄されたが、ウーゴやミロシュらとともに「このチームを優勝させるために俺たちは来た」「その通りだ、全力を尽くす」と語り合ったエピソードはファンを歓喜させた。

 さっそく開幕戦ではトップ下でスタメンを飾ると、自身も1ゴールあげて優勝候補と目されていた浦和に逆転勝利。次戦では、昇格したばかりの札幌に手を焼いたが、スコアレスで迎えた後半に、浮き球のパスをとらえたボレーシュートを放ちえげつない軌道とともにネットに突き刺した。月間ベストゴールにも選ばれた衝撃的なゴールで、私は「あかん…バルサ移籍してまう!」とスタンドで叫んだ(本当)

 W杯予選の母国代表に選ばれるなど充実の時を迎えていたが、課題は運動量と守備だと当初から指摘されていた。ウーゴも省エネタイプだけに、バブも併用するのは難しかったのだろう。10試合ほどはトップ下でのスタメンが続いていたが、チームの連敗が続き、ボランチから天野純が配置転換され、扇原貴宏がスタメンになり、バブは先発落ちとなる。

 その後途中出場の機会が多くなり、相変わらずの巧さ=とくに彼の磁石のようなトラップ大好きだった、は見せるものの決定的な仕事はできなかった。縦に素早く、マルティノスらのスピードを生かして、ウーゴで仕留めようという狙いがある中で、バブのようにボールに触りたがる、持ちたがる傾向もマッチしていなかった。
2018年途中で契約解除となり、その後大宮で入団。ダビドからダヴィッドに登録名が変わったが、デビュー当初の煌めきは示せなかった。
 ファンサービスにも熱心で、真面目を絵に書いたような性格。肉食をしないビーガンとしても知られていたが、サッカー選手としては不利なのではという指摘もあった。まだ今年27歳、あの輝きをぜひ新天地で取り戻してほしい。

DF:ミロシュ デゲネク・DEGENEK

 背番号34、2。94年4月28日生まれ。クロアチア生まれ、セルビアとオーストラリア国籍ももつ。現所属:レッドスター(セルビア)


 幼少期に「ユーゴスラビア紛争」の影響で、難民となって豪州に渡ったという過去をもつ。187cm、82㎏の屈強なCBで、マリノス加入時は23歳と、豪州代表としても将来を嘱望される存在だった。
 彼もまた真面目な人柄で、CBとしてコンビを組んだ中澤佑二のストイックな姿勢に感銘を受ける。ボンバーとミロシュのコンビは安定感があり、高さと強さがあり、ビルドアップにはやや難があった。今のポステコグルー監督とは豪州代表で指導を受けていたため、彼がマリノス監督に就任するにあたって、監督のやりたいことをチーム内に伝える役割も大きかったのではないだろうか。

 わずか1年半の在籍だったが、謎のロングスロー未遂(いかにも飛ばしそうな体格なのに、手が滑ったのかまったく飛ばなかった)や、中毒性のある♪ミーロミロ、ミーロミロシュのチャント、それに合わせて踊る姿がなど、思い出は多い。
 ミロシュのお父さんの名前が「ドゥシャン」というのも、なかなか因縁めいている。アイザック・ドル氏が強化部長として手腕を発揮していた時の東欧人脈というのがうかがえる。

 豪州代表としてロシアW杯にも選ばれ、その大会直後にレッドスターへと移籍が決まってしまう。彼にとっては、ふるさとのビッグクラブであり幼少時からの夢がかなった瞬間でもあった。その後は、サウジへの移籍期間もあったが、再びベオグラードにて奮戦している。
 なおレッドスターは今季、欧州ELのベスト32に残っており、決勝トーナメント1回戦でACミランとの対戦が組まれている。ミロシュの活躍に期待。

MF:イッペイ シノヅカ・IPPEI SHINODUKA

 背番号37、のち26。95年3月20日生まれ。千葉県出身ながら国籍はロシア。外国籍選手列伝に加えるべき存在である。
 イッペイちゃん、好き。あの真っ直ぐに結果にこだわるところと、移籍を決断した時のボスとの抱擁。悔しさと、リスタートの気持ちをもって大宮に移籍して、活躍した姿を誇らしく思っている(私、何様?)。

 日本で生まれ、義務教育も受けていたために日本人選手と同じ扱いで試合出場できるという特例がある。彼が母の出身国であるロシアに渡ったのは高校時代だった。きっかけは東日本大震災の影響で、学校もストップしてしまい両親とともにロシアへ。しかし両親が帰国する際、イッペイだけビザが発給されずにロシア残留という結果に。そこで、モスクワのサッカー界で一気に頭角を現して、17歳で名門スパルタクモスクワとの契約にこぎつけたというのがプロ入りの経緯。やがてロシアで出場機会を失っていたころ、新潟や横浜FMから誘いを受けてJリーグ挑戦を決断した。

ドリブルを武器で、ボールをもったらとにかく仕掛ける。反射的に仕掛ける。運動量とガッツもあって、見る者の胸をうつプレーヤーだ。
イッペイは、ルヴァン杯に出るといつも輝いていた。リーグ戦での出場機会を勝ち取りたいメンバーの中では、かなり目立っていた。チャンスもなかったわけではない。だが、仲川輝人とは明暗が分かれた。テルがいたからイッペイの枠が塞がったとみる向きもあるだろう。そのくらい紙一重のところで彼らトップレベルの選手は戦っていることを痛感させられる。

2019はさらに分厚くなった選手層の前に、ついにリーグ戦の出場はなかったが、マリノスの最後の試合となった天皇杯での意地のゴールを見せてくれた。去り際かっこよかったぜ。

大宮では主力に定着し、1年半で47試合に出場している。J1昇格プレーオフでもあと一歩まで迫ったが惜しくも敗退。だが大宮での活躍が認められ、今季から柏に移籍し個人昇格を果たした。柏のスタイルに合致しそうな気もするし、そうならばマリノスにとって厄介な選手になるだろう。


…これ、なかなかのボリュームですわ…。3年分くらいまとめて書いたろ、とタイトルをつけた自分をDOGSOで退場にしてやりたい(意味不明)。
すみませんが、以下の選手名は「次回予告」ということで、また必ず書きますので、今日はこの辺で…。

■次回、2016年! 長くクラブ史で語り継がれる債権が…!

FW:カイケ・KAYKE

FW:マルティノス・MARTINUS

DF:パク ジョンス・PARK Jeongsu


選手のプレーは大事だけれど、同じくらい人柄、真面目さは大事だぞ!
慌てて契約するのも、足元を見られるのも気をつけようね!

こうご期待・・・・。

歴代外国籍選手 列伝(とりま2019~2021年編)

キャンプで初の対外試合が行われたけれど、試合の映像を見ることはできない。来週のキクマリで放送されるとしてもTVKの映らない我が家ではまったく関係がない。
そんなマリノスの試合映像に飢えていることもあって、真昼間にYouTubeで生配信されたテレビゲームの映像ですら興奮してしまう身体になってしまった。

「横浜F・マリノスFIFA21フェスティバル サポーターズトーナメント」に栗原勇蔵クラブシップキャプテンが登場し、彼の操るレオ・セアラがゴールを決めてみせた。
まだ来日前なのに初ゴールということで、私は大いに沸いた。栗原勇蔵氏を圧倒的に押し込みながらも華をもたせたnariさん( @fmbh_nari )の勇猛果敢な戦いも称賛されるべきだ。


エリキとジュニオール・サントスが抜けてしまったせいで、どうもマリノスは得点力に心配されているようだ。だがマルコス・ジュニオールは健在で、エウベルは早々に来日済み、多少合流は遅れるもののレオはブラジルで得点を重ねている。首脳陣とのコミュニケーションもリモートで取っており、イメージを膨らませた状態で来日するだろう。

暇なので、ここいらで、昨今のマリノスがいかに外国籍選手に恵まれているかを書いておこうと思う。結論から言えばカイーキ氏の前と後とで、だいぶ様相は異なるはず。

■2021年シーズン、王座奪還を目指して

FW:エウベル・ELBER

背番号7、92年5月27日生まれ。ブラジル出身。


28歳という年齢にして海外移籍が初めてということで、謎のベールに包まれているようだ。「活躍したって言うけれど、ブラジルの2部でしょう」というけれど舐めちゃいけない。まちがいなく左ウィングのレギュラー筆頭候補。マリノスはマテウス以来の左サイドを蹂躙できる武器を手に入れた。僕はドリブラーですと公言するブラジル人で、期待外れだったのを見たことがない。

スピードに好不調はないので、絶対に裏切らない。今のマリノスというかCFGのリストの精度ならば期待外れということはまずあるまい。スピードのあるウィングプレーヤーは最大の補強ポイントだったし、もう活躍の予感しかない。というかJリーグの右サイドバックたちよ、震えるがいい。ただあんまり書きすぎると逆フラグになるというか、私が「この選手は間違いなくあっという間に欧州のビッグクラブに高値で旅立つぞ!」と断言してしまったせいで問題となった、「バブンスキー現象」に陥るといけないのでこのくらいにしておく。

FW:レオ・セアラ LEO CEARA

背番号9、95年2月3日生まれ。ブラジル出身。


まだユニフォーム姿すら披露されていない期待のブラジル人ストライカー。16年シーズンに当時J3の琉球でプレーしていたためマリノス入団が決まると、当時チームメイトだった朴一圭が一番驚いていた。レオナルドの登録名でJ3リーグ戦23試合で2得点という記録はさしたるインパクトは残せなかったようだ。「期待に応えられず思うような結果が出せずに残念です。来年こそは、FC琉球の選手とサポーターの皆様が喜びをわかちあえることと信じています」というコメントを出したが1年でブラジルに戻っている。琉球での話はもう5年も前で20歳のころの話。その後、ブラジルでは得点を量産している。

それにしても「レオナルド 琉球」でググっても、中国の爆買いで移籍するという噂の鳥取→新潟→浦和のレオナルドしかひっかかってこないので、レオセアラで登録するのは記事書く側としてはありがたい。

緊急事態宣言の延長に伴い、まだ来日およびチーム合流の目途が立っていないが、そこで俺たちのWEBEX(Powered by シスコ様)の出番。通信教育なんて表現は古いぜ、リモートでアンジェ・ポステコグルー監督ともコミュニケーションを取っており、できるだけスムーズに合流するというが、これうまくフィットしたらシーズン途中の補強もうまくいく確率あがるよね。
横浜Mの新加入FWレオセアラは開幕戦欠場へ 宣言延長で来日延期 練習動画送り連係 | サッカー | スポーツブル (スポブル)
ジョンヘッドコーチも、フィジカルコーチもいない中で、ボスの直接指導も増えているそうだが、チーム全体の練習は大丈夫なのだろうか。ボスの過労も心配。

■2020年コロナ中断、ACLもたびたび延期で超過密スケジュール

FW:ジュニオール・サントス Júnior Santos

背番号37、94年10月11日生まれ。ブラジル出身。現所属は広島。


20年夏、過密日程に苦しむマリノスが、柏でオルンガに押し出されていたところを期限付きで獲得した陽気なモンスター。J1リーグ23試合で13得点はエリキと並んでチームトップ。足は速いし、フィジカル強いし、高さもあるし。どの形でも点が取れるし、とにかくいろいろ動きがロジックに合わない。

なんでこんなモンスターが出場機会が得られなかったのかと、不思議がられ、やがて「外来種を放流すると生態系が乱れる」として、柏レイソルに対して各クラブのサポーターからクレームが寄せられる。ルヴァン杯の準決勝、柏レイソル戦では契約上の理由で出場できず、チームは敗退。ACLにおいても外国籍選手の枠で出場はないままだった。

返す返すも、使い古された話だが、なんでこの人スタメンじゃなかったの。サッカーの基本的な動作でツッコむと、トラップ全部足元に止めてしまうのはなぜ…? シュート打ちづらいよね、次のアクションがしやすいところに止めるのが基本でしょうに。それでもなお、彼は超人的な動きでシュートを打ち抜いてしまう。いや、待て、むしろわざと不利な体勢で打つために…?というくらい超人的にカバーできてしまうからか、トラップが下手。というか特徴的。
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本当に横浜に来てよかったと何度も言ってくれていた。ホーム最終戦、浦和戦のハットトリックは忘れない。21年は広島に完全移籍。JFKは個の強いブラジル人選手大好きだからきっと活躍すると思う。練習試合で早速2ゴールというニュースを聞いた。今は怖さしかない…。

■2019年。15年ぶりのリーグタイトルは彼らなしにはあり得なかった

GK:朴一圭 Park Ilgyu

背番号1、89年12月22日生まれ、埼玉県出身。現所属:鳥栖


熱き魂の守護神。在日コリアンで、朝鮮大学を卒業しアマチュアからJ1優勝チームの守護神に上り詰めた経歴を持つ。日本語を不自由なく操るためについ忘れてしまうが朝鮮籍のため外国籍の選手枠を1つ使うこととなるため、この稿にも登場。

とにかく勇敢なプレースタイルで、琉球でのJ3優勝を手土産にマリノスに移籍を果たすと、シーズン序盤でそれまでの絶対的レギュラーだった飯倉大樹からレギュラーを奪い、負傷を除き全試合でスタメン出場を果たした。
優勝を決めた最終節のFC東京戦では、裏に抜けてきた永井謙佑と1対1になると相手を蹴ってしまい、DOGSOの判定から一発退場を受ける。まさに波乱万丈の1年だった。ただパギが優勝をもたらした立役者の一人だったことを否定する者はいないだろう。
畠中ら年下の選手からもイジられ、チームのムード作りにも貢献。

飯倉のような"慎重"というネジが飛んだGKが必要なマリノスのサッカーにおいて、そんなGKがほかにそうそういるわけないと思っていたが、パギにあっさり常識を覆された。足が早くて足元の技術が高くて、失敗を恐れないGK。観客数制限下でのパギのコーチングというかゲキの声はすごかった。カッコいいんだけど怒声でこわかったな。

MF:マルコス・ジュニオール Marcos Jr.

背番号9、21年から背番号10。93年1月19日生まれ、ブラジル出身。クリリン、ついに10番へ。そしてユニフォームバカ売れ。マリノスの歴代外国籍選手の中でもトータルの貢献度トップではないか。

シュートがうまい、スピードもある、守備もしっかりやる。受けてよし、パスをさばいてももちろんよし。チームの状況に合わせて神出鬼没。さらに人柄もよし。そんな方を、フリーで3年半契約で獲得したのはもうお手柄でしかない。

エリキやジュニサンの印象の方が強烈なのか、他サポからは意外に「マルコスやばいね」と言われることは多くない。でもどう考えてもヤバいよね。逆三角形型の中盤が安定しなかった中で、マルコスがトップ下におさまる正三角形型で一気にチームとしての戦い方が定まり、マルコスシステムと呼ばれた。特定の選手に依存しないようにする中で、マルコスだけはスペシャルだった。

やらかしたといえば、アウェイ清水戦でゴール後のボール蹴り出して遅延行為で退場になったときくらい。あれも、真摯に反省して、次の試合により真剣に取り組むあたりマルコスの人間性を表している。

「できる限り日本で、横浜でプレーしたい」と言ってくれており、早く契約延長してほしい。20年シーズン、とくにACLでは疲れがたまっていた様子だったので今年は元気にかめはめ波連発してほしい。

FW:エジガル・ジュニオ Edigar Junio

背番号30、91年5月6日生まれ、ブラジル出身。現所属:長崎

本当に人柄最高。いい選手だった。見るからに善人で、謙虚さが服着て歩くような。
来日直後から「日本のプレーの質は高い。アジャストするのに焦りもある」と謙虚なコメント。だが開幕から3トップの真ん中でプレーすると得点力をいかんなく発揮してみせた。組織で崩して、最後はエジガルが触るだけというシーンも目についたが、DFから離れる動きとか完璧だったし、よく体張ってくれたよなー。守備もがんばるし、切り替え早いし、これぞ総合型ストライカー。そんな言葉あるのか知らんけど。

怪我には泣かされた。アウェイ浦和戦での超人スプリントからの腿裏肉離れと、戦列復帰したら今度はアウェイ神戸戦で芝に足を取られて骨折。得点王を取ったマルコスが「怪我さえなければ得点王はエジガルのものだった」と貢献を称えていた。復帰したころにはエリキ、マテウスが主力に定着していてレギュラーを奪い返せなかったがそれでも明るく真剣に調整を重ねていた姿はエジガルの真骨頂。

エジの怪我さえなければ、二人とも入団していなかったのだと思うと、一期一会というか。そしてエジもマテもエリキも居なくなってしまうなんて展開が速すぎて耳がキーンとなる思いだ。

三ツ沢で難敵の大分を相手に一人で決め切ったゴールは、実況桑原さんの「エジガルジュニオォォーー!!」の声と、直後のエジガル自身の咆哮が今思い出しても鳥肌モノ。怪我から復帰したあとの横浜FC戦での1年ぶり復活弾も泣けたな。

20年10月末に長崎移籍。「J2にエジガルジュニオは反則」という嘆きは多くのファンの賛同を得ることになる。惜しくも昇格を逃したものの、長崎にはとびきりの補強だった。

FW:エリキ Erik

背番号17。94年7月18日生まれ、ブラジル出身。現所属:長春亜泰?パルメイラス??

エジガルの負傷離脱により19年夏に緊急来日。瑞穂でとんでもないバイシクルを決めると、得点量産モードに。20年シーズンも一度得点を取り始めると手が付けられない選手。ウィングを右でも左でもやってみたけれど、結局真ん中でシンプルにプレーしてもらうのが一番やりやすそうだった。

ちょっと気まぐれなのも魅力で、周りはいかに彼を乗せるかが大事だった。守備?組織?いいじゃん、そんなの。川崎を等々力で粉砕したときの2ゴール1アシストは一緒忘れない。あの試合でもあったように右・仲川輝人、左・マテウスで中央・エリキという「質でぶん殴るサッカー」を20年も続けて見たかった。ところで遠藤渓太にラストパスをプレゼントしたあれ、渓太ちゃんとご飯おごったのかな。マテウスとエリキというカオス。スピード違反。不確かだからこそ、私たちは熱狂した。

「笑力」という当て字がピッタリで、魔性の笑顔が素敵だった。あんな笑顔ができるのはティモンディたかぎしくらい。だからこそ、ルヴァンで敗退したときのエリキの涙には心を動かされた。私たちは笑っているエリキを見ていたい。赤ん坊を見守るような気持ちにさせられた。

朴一圭の移籍が分かっていたために、アウェイ瓦斯戦ではゴールを決めるとわざわざゴールマウス近くまで駆け戻って、熱い抱擁を交わした。そういう情の熱さでも男らしい選手だった。あれ、泣けたな。


完全移籍での加入が確実と言われていただけに、中国移籍は残念だがまたどこかで会いたい選手。しばらく横浜でインスタあげていたけれど、いよいよ中国に渡ったのか。それとも入国制限継続中??

DF:ティーラトン THEERATHON

背番号5、90年2月6日生まれ、タイ出身。
神戸からタイに戻っていたところティーラトンのもとには日本再挑戦の誘い。開幕直前にレギュラー左SBだった山中が移籍してしまったことを受けての緊急補強。

しかし神戸時代と異なる特殊なサイドバック像に苦しんでいた。が、この選手もまた母国では英雄と呼ばれているのに、プライドを捨てて必死にボスのサッカーに適合しようとしたことが素晴らしかった。課題視されていた1対1の守備にも磨きをかけ、闘争心を出してレギュラーに定着。
J1優勝を成し遂げたあの一戦では優勝を決定づける先制点を叩きこみ、自身のJ1初ゴールを記録。タイ人初のJ1優勝、2019年のタイの年間最優秀選手にも選出されるなど、自らの努力と執念で人生を切り開いた男。

一時はホームシックが伝えられ、母国やその他の国々から数々のオファーが届くも、マリノス残留を決断。今年は家族も一緒に来日し、寂しさ対策も万全ということで、悪魔の左足のさらなる活躍しか見えてこない。もう一度一緒にACL行きたいので宜しく。

微笑みの国のブンちゃん。タイでのマリノス人気向上にも貢献してくれていて、3バック時に左サイドを高野遼と争うことになるだろう。っていうかブンちゃんTVで伝わってくる人柄が最高だから、みんな見て。



FW:マテウス M. Castro

背番号26、94年9月11日生まれ、ブラジル出身。現所属:名古屋。

19歳で来日していて、実はすでに来日8年目。大宮で頭角を現してきたところ名古屋に移籍したものの出場機会なし。で、マリノスでブレークして、20年シーズンの名古屋に戻ってからの「大黒柱感」はもうご承知の通り。34試合出場9得点、ベストイレブンに入っていてもおかしくないくらい完全に主力でしたな。育ててしまいましたな。今年はついに名古屋でACLデビューが待っている。名古屋ではネームはMATEUSなんですね。革命家な感じのユニフォーム大好きだったのに。


在籍4か月ながら、鮮烈な印象を残してくれた。圧倒的なスピードと重戦車感は戦術兵器そのもの。いいんです、点取るのだから。

なぜ当時のマテウスは、あそこまでハマったか。周りがマテウスを生かそうと合わせたことと、マルコスやチアゴら人格に優れた同僚の存在で、ブラジル人選手が活躍しやすい土壌が整っていたことが原因かな。ジュニサンの感じた心地よさも多分これ。

でも名古屋に戻ってからもさらに凄みを増しているということは、やはりマテウスの持っているポテンシャルがすごかったということに他ならない。
湘南戦の無回転フリーキックといい、川崎戦でギリギリのタッチラインを割らずにドリブルで駆け上がったのも、味方に持ち上げられながらお尻を突き出すパフォーマンスも、なかなかに破天荒だった。


…ふう、選手紹介って書くの大変だし、素人が書いてもなかなか薄い…。本当すみません。とくに2019年がヘビーでした。できればもう何年か分掘り下げるぞ。ドゥトラ(後期)くらいまでは行こう。
外国籍選手もマリノスファミリー。素敵な選手ばかりで大好きだ。今年もめちゃくちゃ応援する。