今年もマリノスにシャーレを 2020

シャーレを掲げることは難しく、守ることはさらに難しい。連覇に挑む2020年、アウトサイダーではなく本命として、今年もシャーレを掲げよう。座右の銘はシャーレです。

あの文豪がJリーグ再開を待ちわびたら(その4)

Jもねぇ、センバツもねぇ、プロ野球もねぇ、欧州サッカーもねぇ、ついには五輪も一年延期。おら、そんなの嫌だ〜。一喜一憂どころか憂うつなニュースばかりが重なっていくけれど、嘆いていても仕方ないので、来るべきリーグ再開の様子を書いてみよう。 ちょっと前にヒットしたもし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら をリスペクトして、ふざけてみる。

 

今回は、これまたリクエストをいただいた「かも崎潤一郎」。私はただのエロい作家という知識しかなかったのだが、サポーターにとってはなかなか生き方を考えさせられる名著があった。このシリーズは再開のその日まで続くかもしれないし、あるいは続かないかもしれない。

 

痴人の愛

痴人の愛

 
痴人の愛

痴人の愛

  • 発売日: 2015/09/21
  • メディア: Prime Video
 

 

痴サポの愛

私はこれから、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの「推し」の事実を書いて見ようと思います。それは私自身に取って忘れがたい貴い記録であると同時に、恐らくは読者諸君に取っても、きっと何かの参考資料となるに違いない。ことにこの頃のように日本もだんだん国際的に顔が広くなって来て、日本で育った選手が続々と海外へ羽ばたく、いろんな主義やら戦術やらが這入って来る、ダゾーンマネーも加わると云いうような時勢になって来ると、私のような事例ももっと増えるだろうと思われますから。


考えて見ると、私たちの関係は既にその成り立ちから変っていました。私が始めて現在の私の「推し」に会ったのは、八年前のことになります。何月の何日だったか、くわしいことは覚えていませんが、とにかくその時分、彼はみなとみらいの近くにあるマリノース・タウゥーンと云う練習場でプロを目指していたのです。彼の歳は十六でした。だから私が知った時はまだそのタウゥーンに来たばかりの、ほんの若僧だったので、一人前の選手ではなく、それの見習い、―――まあ云って見れば、プロになれるかどうかの卵に過ぎなかったのです。

 

その彼は、当時から仲間に「バカウケ」と呼ばれていたかどうかは定かではありませんけれども、私は最初からケイタと呼んでいました。確かに煎餅のような顔立ちと言われるとその通りなのですが、ケイタと片仮名で、あるいはKEITAと書くとまるで西洋のトップクラスの選手のようだ、とそう思ったのです。

 

瀬谷と聞くと、横浜の秘境と思われる方が少なからず居ますが、二俣川→瀬谷→みなとみらいというのはえらい出世です。当時の私はというと、質素で、真面目で、凡庸で、何の不平も不満もなく日々の仕事を勤めているそんなごく普通のサラリー・マンであったと思います。月給の一部を使って試合のチケットを買う他はこれといった趣味もなかったのですが、実はトップチームだけでなくユウスも追いかけると旅費だけで結構高くつきます。でも構いやしません、推しが欲しかったんだから。

 

この子はきっと上手くなる、伸びると信じています。けれどもユウスの沼の入り口はそれだけではありません。単にプレーが好み、顔が好み、誕生日が一緒だった、なんだっていいんです。推しの理由なんて後からいくらでもあります。だから、ケイタがプロになった時はそりゃあ喜びました。ユウスの頃からマリノース・タウゥーンでサインを貰っていましたから。

もちろん、ユウスからプロになれる可能性の方がぐっと低いわけです。なれずに大学に行く、サッカーを卒業するならまだ仕方ないですが、念願のトップに上がれたとしても、ものの一年で若くして他チームに移籍させられて戻ってこない子もいます。海外に飛び出していった選手なら多少は救われるかもしれませんがそれでも喪失感は同じはずです。手の届かないところへ行ってしまうことで、こんなにも恋しくなって来るとは? この急激な心の変化は推している自身にも説明の出来ないことで、恐らく恋の神様ばかりが知っている謎でありましょう。いつの間にか立ち上って、部屋を往ったり来たりしながら、どうしたらこの恋慕の情を癒やすことが出来るだろうかと、長い間思い悩んだこともあります。

 

そんな時は、チーム全体を推すように発想を変えてしまうことで克服できることがあります。何年か前にとんでもない裏切り者がいた時は、「俺は(あたしは)マリノス推しだ」と自分に言い聞かせる人が増えたことをはっきり記憶していますね。

 

推し生活の中で、もっとヤキモキするのはケイタが試合に出たり出なかったりすることでしょう。幸い、というか彼の努力の甲斐と、上司に恵まれたこともあって高卒の年からかなりの試合に出してもらっていました。先発も少なからずありました。これはすごいことです。ただ18歳で先発の座を射止めた割には、全然レギュラァという感じではないのです。

チームは次々に有力な選手を補強してきます。マルティノス、バブンスキー、ユンイルロクなども。仲川輝人の覚醒もチームとしては良かったですけどケイタにとっては目の上のタンコブでした。マルコス・ジュニオールも最初はサイドで厄介でした。で、彼を中央に変えて2ボランチにしたことで快進撃が始まった昨年も、ようやくケイタに追い風と思ったら、極め付けはマテウスでしょう! それぞれの選手に怨みつらみは勿論ないですが、私の心は補強の度にかき乱されていくのです。悲憤に充ちた、私の心の底。

 

昨年最終戦で、ケイタは優勝を決定づけるダメ押しのゴールを決めました。チームの有終の美を飾るメモリアルで、しかも彼がやり切った素晴らしき得点でした。でもあれで、本当に私のケイタは、遠くに行ってしまったのです。嬉しいような、別れが近づいてしまったような、複雑な思いでした。

 

推しなんて辛いことの方が多いです。推しにグイグイ迫るサポーターの姿を見ると嫉妬もあるし、でも心地よく感じる距離感は人それぞれです。選手のプライバシーには立ち入るべきでないし、練習や調整に悪影響を与えるようなことは本末転倒。でもSNSで他のサポーターと笑う推しの姿を見ると、私の頭はこうして次第に惑乱され、思う存分に掻きむしられて行くのです。

ユウスの試合に行くため、遠征についていくため、私は仕事を辞めてライフスタイルを変えました。家族とも別離し、部屋には背番号11の入ったキーホルダーや熊のぬいぐるみや、おびただしい数の試合着(ユナフォオムと呼びます)などが堆く積まれています。ケイタと書かれたグッズに囲まれて寝起きし、もはや仕事もこの神聖なる空間でできるようになりました。

 

コロナウィルスが私たちの間に立ちはだかって、暫くが経ちます。これほどケイタから離れたことはこの八年間で一度もありません。サッカーのある日常だけでなく、五輪出場という目標までも遠ざけようとしている憎きウィルス。

 

私のケイタを恋うる心は加速度を以って進みました。もう日が暮れて窓の外には夕べの星がまたたき始め、うすら寒くさえなって来ましたが、私は朝の十一時から御飯もたべず、火も起さず、電気をつける気力もなく、暗くなって来る家の中を二階へ行ったり、階下へ降りたり、「馬鹿!」と云いながら自分で自分の頭を打ったり、空家のように森閑とした日産スタジアムの壁に向いながら「ケイタ、ケイタ」と叫んでみたり、果ては彼の名前を呼び続けつつ床に額を擦りつけたりしました。もうどうしても、どうあろうとも彼に会いたい。彼のプレーが見たい。

 

それが4月4日と聞いたものですから、もうその日まで冬眠してやろうと、テレワークという名の開店休業を続けてきました。ところが事態はなお悪くばかりで今や4月中の試合再開すら危ぶまれています。無観客試合など、私には拷問のようなものです。

 

これを読んで、馬鹿々々ばかばかしいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。

私自身は、どう思われても仕方がありません。でも推すことそのものはどうか嫌いにならないでください。


ケイタは今年二十三になります。でもマリノスケは永遠に小学五年生です。この不変さも悪くないなと思い始めているのです。

 

 

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いやぁ、気持ち悪いですねぇ。変態ですねぇ。

この物語はフィクションであり、私とケイタは実在しないはずで、遠藤渓太選手とはなんら関係のないことを申し添えておきます。ケイタにもっと気持ち悪い会話をさせようかとも思いましたが、ちょっと自分的に無理でした。

 

谷崎潤一郎の「痴人の愛」は、大正末期の1922年に朝日新聞に連載されていたそうです。こんな可笑しな小説を? 後にノーベル賞候補にもなった大文豪ですが、変な性癖があったのは有名なようですね。

 

サポーターになって何年も経つと、またこの暮らしが当たり前になると、つい忘れてしまいがちですが、一般的な眼から見ると十分我々も変態のようです。

ネンチケ、ユニフォーム、アウェイ遠征、そこにかかる時間、カネ、情熱すべて異常なんですよね。それを個の選手に向けるというだけのことです。だけのこと、ではないか笑。ほら、私も痴サポです。

 

今、いきなりそれのやり場が無くなった、奪われたという虚無感の中に我々は居ます。程度の差はあれども、皆、痴サポなのです。だからサッカーが、マリノスを日常に取り戻したいですし、せめてこんな文豪へのひと添えのリスペクトとともに笑っていただけたら幸いです。

 

次回(あるのか?)もお楽しみに。

なににしよっかなぁ。やっぱ短編の童話が作りやすいけどなぁ。痴サポは意義あったなぁ、と一人悦に入ってます。

 

 

あの文豪がJリーグ再開を待ちわびたら(その3)

Jもねぇ、センバツもねぇ、プロ野球もねぇ、欧州サッカーもねぇ、相撲だって無観客。おら、そんなの嫌だ〜。一喜一憂どころか憂うつなニュースばかりが重なっていくけれど、嘆いていても仕方ないので、来るべきリーグ再開当日の様子を書いてみよう。 ちょっと前にヒットしたもし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら をリスペクトして、ふざけてみる。

第3回目は、リクエストの寄せられたかも沢賢治。このシリーズは再開のその日まで続くかもしれないし、あるいは続かないかもしれない。時間潰シサエモナラナイ、サフイフ記事ヲ私ハ書キタイ。

注文の多い料理店-宮沢賢治童話集1-(新装版) (講談社青い鳥文庫)

注文の多いチーム かも沢賢治

4月。二人の若い紳士が、すっかり名古屋サポの出で立ちをして、ぴかぴかするゲートフラッグをかついで、だいぶ新幹線の駅から離れたマリノスサポーターばかりの居る道を、こんなことを云いいながら、あるいておりました。

「ぜんたい、静岡や神奈川のスタジアムは怪しからんね。勝点3もくれやがらん。湘南でも川崎でもなんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」(2019シーズン、名古屋は神奈川3チームと6試合して1勝に終わった。静岡2チームとも相性は良くない)
「横浜FCの横っ腹なんぞに、二三発お見舞いもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」

どこかに勝点をどっさりくれるチームはないものか。いや、今はサッカーが観られさえすればいい、勝敗なんて二の次だという声もあるようですがせっかくガラガラに空いた新幹線でここまで来たのですから、お腹いっぱいになって帰りたいと思っておりました。

「もうあんまり歩きたくないな。」
「歩きたくないよ。ああ困ったなあ、勝点を持って帰りたいなあ。」
「マリノスをコテンパンにしたいな」
 二人のサポーターは、スタジアムの前でこんなことを云いました。
 その時ふと足元に目をやると、メモが落ちているのに気づきました。そこには、マリノスのメンバーの特徴や戦術的なコメントがびっしり。コーチが落としたものに違いありません。

我がチームの課題・弱点という見出しまでついていました。
「君、ちょうどいい。このメモの内容を我がチームに教えればきっと勝てる」
「届けようじゃないか。ぼくはグランパスが勝てばなんでもいいんだ。」
 二人はロッカールームに向かいました。7万人が収容できる、W杯の決勝が行われた実に立派なスタジアムです。

 そして関係者出入り口には看板が立っていて、そこに金文字では「関係者以外立ち入り禁止」ではなく、こう書いてありました。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
 二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。
「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、去年は苦労したけれど、こんどはこんないいこともある。マリノスは鬼門だけれどもただで勝点をくれるんだぜ。」
「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ。」

キックオフまで間も無くです。急いだ二人は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。メモに目をやるとそこにはこう書かれていました。
「ことに自信のないチームや下位チームには、大苦戦いたします」
 二人は大苦戦というので、もう大よろこびです。
「君、ぼくらに大苦戦するのだそうだ。」
「ぼくらは両方兼ねてるから」
 ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水色のメモが落ちていました。

「どうも変なチームだ。どうしてこんなにメモがあるのだろう。」
「これはCFG方式だ。強いチームはみんなこうさ。」
 そして二人はそのメモを拾おうとすると、上にはこう書いてありました。

「当方は注文の多いチームですからどうかそこはご承知ください」
「注文が多い? なかなか苦労しているんだ。チャンピオンチームなのに。」
「それあそうだ。見たまえ、あの神経質そうな監督を。監督なんて気に入らなければ変えちまえばいい」
 二人は云いながら、そのメモを拾いました。

「早くチームに届けたいものだな」
 ところがどうもうるさいことは、またメモが一つ落ちていました。そしてそのわきには選手に声が聞こえるように大きなトラメガが落ちていたのです。

 メモには赤い字で、
「マリノスのGKは足元で繋ぎたがります。だから地の果てまでプレスをすると嫌がります」
と書いてありました。

「これはどうももっともだ。僕も映像を見て思っていたんだよ。ふふふ、前田直輝に追いかけ回させろ」
「規律の厳しいチームだ。きっとよほど偉い人たちが、欧州からたびたび視察に来るのかな。」
 そこで二人は、体力をけずるほどのキーパーへの鬼プレスを進言しました。

 そしたら、どうです。プレスはあっさりといなされ、前方にパスを通されて早々に失点してしまいました。早く立て直さないと、もう途方もないことになってしまうと、二人とも思ったのでした。メモには他にも弱点が書いてあります。
「常にハイラインですから、アバウトでも裏に狙って蹴られると弱ります。チアゴの裏は特に注意」
 見るとシミッチは長いボールを蹴れそうです。
「なるほど、裏だ。裏を狙うんだ」
「スローインやCKのリスタートはまだまだ遅いです。集中が切れやすいです」
「どうだ、プレーを中断させるか。」
「そうしよう」

その次のメモには、「名古屋のFWを鋭く削ろう。彼らはフルメンバーで来るはず。嫌なら選手を変えればいい」
と書いてありました。横には名古屋のメンバー表まで添えてあります。
「ははあ、我々への気遣いにも見えるね。とにかく金のかかっている選手はあぶない。下げておこう」
「試合中にかい?」
「怪我の方が怖い」
「そうだね。きっと。」
 ジョーに、シャビエルに、相馬に、前田に、新戦力の阿部も下げます。元から怪我している選手も混ざっているような気もしないではありませんが、慌てて選手の人数を減らします。ただし、その間にもチームは失点を重ねています。

「もしマリノスがリードしたら、虎の子を守ろうと自陣にひきこもろうとするかも知れません。リスクを恐れずに攻めて来るのだけはどうかやめてください。」
「臆病なチームには思えないが、よし全員攻撃でもするか」
「まちがえたんだ。コーチがまちがえて書いたんだ。そんなわけがない…気をつけろ」
 迷いが生じているうちに、引きこもるどころか、寸暇を惜しんで攻めてくるのはマリノスです。交代枠も使い果たして、もう手がつけられません。

「どうもおかしいぜ。」
「ぼくもおかしいとおもう。」
「沢山の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。」
「だからさ、あのメモは実は僕たちの弱点をついて。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……。」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。

最後のメモには、
「いや、わざわざご苦労です。良い試合をしましょう。さあさあ勝点を置いて、10失点したらおかえりください。」
と書いてありました。
「うわあ。」がたがたがたがた。
「うわあ。」がたがたがたがた。
 ふたりは泣き出しました。

 するとマリノスの選手たちが、こそこそこんなことを云っています。
「だめだよ。もう気がついたよ。ロングボール蹴らないようだよ。」
「あたりまえさ。親分のメモがまずいんだ。さすがにチアゴが穴だと思う奴なんているもんか」

「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早くメモを全部ベンチに届けてください。ロングシュートはお嫌いですか。そんならこれから守備をズタズタにしてからゴールして差し上げましょうか。」
 二人はあんまりの惨状に、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。

 こんなひどいやり方があるでしょうか。メモに書いてあったことは全て罠だったのです。だからって、こんな幼稚な罠に引っかかるはずがないですって。これが試合勘というやつです。試合の間隔が空くと、普段なら起こらないようなミスをしてしまいます。それと同じで、試合勘が鈍ると、強いチームでも、これほどまでにひどい目に遭ってしまうのです。

この二人は命からがら逃げ出し、大敗の記憶を語り継ぎました。
次にこの注文の多いチームの罠にハマるのは…あなたのチームかもしれません…。


ーーーーーー

あれ、なぜか最後はホラーになってしまった。
かも沢賢治の「注文の多いチーム」いかがだったろうか。メルヘンで子供が喜ぶストーリーでありながら、マリノスの弱点にも迫る意欲作。

コロナにも負けず

コロナにも負けず、風評被害にも負けず、
東ゲートに迷子の子供あれば
行って保護してやり
西に売れないスタグルがあれば
行ってSNSで「美味しい」と発信してやり
南に降格しそうなクラブのサポあれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に選手の悪口言うやつがあれば
リスペクト・フェアプレイ宣言を読んで聴かせ
ピンチの時はチャントを歌い
失点しても肩を落とさず手拍子は頭の上
褒められもせず
苦にもされず
そういうサポに
ワタシハナリタイ

次回をお楽しみに?

あの文豪がJリーグ再開を待ちわびたら(その2)

センバツもねぇ、プロ野球もねぇ、欧州サッカーもねぇ、相撲も無観客。おら、そんなの嫌だ。一喜一憂どころか憂うつなニュースばかりが重なっていくけれど、嘆いていても仕方ないので、来るべきリーグ再開当日の様子を書いてみよう。

ちょっと前にヒットしたもし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら をリスペクトして、ふざけてみる。

 

第2回目は、かも目漱石。このシリーズは4月4日まで続くかもしれないし、あるいは続かないかもしれない。「坊ちゃん後生だから、こんな文章やめてください」 

こころ 坊っちゃん (文春文庫―現代日本文学館)

こころ 坊っちゃん (文春文庫―現代日本文学館)

  • 作者:夏目 漱石
  • 発売日: 1996/03/08
  • メディア: 文庫
 

 

私はその人を常に「ボス」と呼んでいた。だからここでもただボスと書くだけで本名は打ち明けない。

 

ボスは、親譲りの無鉄砲で子供の時から攻撃的な球蹴りばかりしていた。モダン風の言い方ならばアタッキング・フットボールである。損ばかりしている? いや、そうでもない。昔、1-0で勝つよりも4-5で負ける方がマシと豪語した空飛ぶ蘭人が居たらしいが、ボスもまたゴールキーパーを敵陣近くにまで侵入させて失点を喰らったこともある。別段深い理由でもない。いくらハイラインだと威張っても、キーパーはペナから出られまい。弱虫やーい。と囃されたからである。藤本淳吾絶許。いや、帰って来た時、ギリシア出身のおやじが大きな眼をして五十メートルのロングシュートでゴールを決められる奴があるかと云ったから、この次はゴールキーパーに得点させて見せますと答えた。

 

無鉄砲だからと云って守備が嫌いとかそういう類の考えではない。蹴球にボールは一つなのだから、それを相手に渡さずに常に自軍が攻撃し続ければ良いと心底思っている。ボールを相手に取られ、好きなままに蹴られることが大嫌いで自らボールを手放すような行動は許せない。守備は面倒だが、降格はもっと面倒だ。一昨年は危うくチームを二部に落としそうになり、放校処分になりかけたがどうにか生き残った。昨年は一転して、良い選手たちにも恵まれ、とくに伯国から来た選手たちが次々に活躍してくれたものだから評価は百八十度変わったのである。優勝して、さあ今年と意気込んでいたら開幕戦で無鉄砲なミスに泣き、さらにコロナ禍であった。

 

明治天皇が崩御し、時代は大正に移り変わろうとする時代に書かれたのがこころで、電報や電話が、「私」と先生や父との連絡手段として登場する。令和時代のボスは前半のプレーを即座に編集させてハーフタイムにはその映像を見せる。こうなってくると、私たちサポーターにとっては、もう昔の横浜とは隔世の感すらある。

 

何しろ、松田直樹が去ってから五六年の間は前体制の状態ですごしていた。スポンサーには叱られる。サポーターとは喧嘩をする。時々安い選手を貰う、たまには賞められる。別に望みもない。これでたくさんだと思っていた。ほかのクラブも一概いちがいにこんなものだろうと思っていた。ただCFGが何かにつけて、あなたはお可哀想だ、不仕合せだと無暗に云うものだから、それじゃ可哀想で不仕合せなんだろうと思った。その外に苦になる事は少しもなかった。ただ日産が小遣いをくれないには閉口した。

 

リーグ再開の日、去年の優勝を思い出すつもりが、あまりにも空が綺麗でもっと前のことを思い出していたのだろう。私たちの浄財を集めた上で、無駄な金も散々使った。スカウトはブラジルのおかしなチームへと、当時の強化本部長を案内した。こんなレベルの選手はいやだと云ったらあいにくみんな塞ふさがっておりますからと云いながら、契約書をほうり出したまま出て行った。点取り屋のFWがどうしても欲しかったから、すぐに契約書をかいて我慢していた。ところがろくに練習にも来ない。失敬な奴だ。嘘をつきゃあがった。代理人がどちらからおいでになりましたと聞くから、横浜から来たと答えた。すると横浜はよい所でございましょうと云ったから当たり前だと答えてやった。その、カイケがよそのチームへレンタルでどうにか放出できた時分、大きな笑い声が聞こえた。下手な移籍交渉は百害あって一利なしだ。そこで、目が覚めた。まったく悪い夢だ。ん、夢じゃない・・?

 

スタジアムでは仲間同士が挨拶を交わしている。皆、この日を待ちわびていたのだ。私も挨拶をする。その中にトヨタなにがしと云うのが居た。これは最大手だそうだ。最大手と云えばえらい人なんだろう。妙に女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの暑いのに赤いシャツを着ている。最大手だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかにしている。あとから聞いたらこの男は年がら年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人の説明では赤は身体に薬になるから、衛生のためにわざわざあつらえるんだそうだが、入らざる心配だ。そんならついでにパンツもスパイクもボールも赤にすればいい。赤シャツ、というよりは赤シャチと呼んだ方がチームを特定できていいかも知れない。私は書きながら、即興で赤シャチと呼ぶ偶然の一致を喜んでいた。

 

さて、主語がボスなのか、私たちなのかよくわからなくなって来た。ボスが赤シャツ、いや赤シャチを殴ると書くと色々混乱を招くと思う。気がつけば、ボスは赤シャチをボコボコに殴る、と書くと、屈強な白人男性がサポーター(民間人)を殴っているようにも聞こえる。なのでここからは感じ取ってほしい。

 

試合が始まると、内容は一方的だった。革命を途中で放り投げた赤シャチが憎らしいなどということは特に思っていない。ともかく圧倒的なポゼッションで、終始試合のペースを握っていたら、「これは乱暴だ、狼藉である。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」と赤シャチは訴える。

 

こういう時のボスの怖さは私たちはよく知っている。「貴様のようなチームはなぐらなくっちゃ、ならないんだ」とぽかぽかなぐる。おれも同時に散々に擲き据えた。しまいには二人とも杉の根方にうずくまって動けないのか、眼がちらちらするのか逃げようともしない。
「もうたくさんか、たくさんでなけりゃ、まだ撲なぐってやる」とぽかんぽかんと、圧倒的なポゼッションでなぐったら「もうたくさんだ」と答えた。赤シャチに退場者が出ても構うものか。

 

そして試合は終わった。

久しぶりの試合だというのに、なんだか疲れるほどで翌日私は昼まで眠ったほどだった。

 

サッカーとは不思議なものだ。ボスの試合後の談話を読み返したがいつもと一緒だ。相手がどうこうは関係ない。自分たちが主導権を握ってエキサイティングなサッカーができた。勝点三に相応しい内容だったと思う。妥当な結果だ。でも次の試合が勝てるかどうかは誰にも分からないので今から準備したい。

 

この試合の直後に話したのかどうかも疑わしいほど、いつも同じだ。

でも、もう私たちは退屈な動かないサッカーではどうしても我慢が出来ん。サッカーは不思議なものだ。工夫しても対策される。また練習を繰り返して自分たちの完成度を高める。すると間もなくやられて悲しくなる。吾輩はやられては這い上り、這い上ってはやられ、一年に同じ事を四、五遍繰り返したのを記憶している。つくづくいやになる。

 

毎週末、サッカーが見たい。サッカーを通じてボコボコに殴りたい。そんな幸せが他にあるだろうか。

 

マドンナだか、マラドーナだか知らない。推しのことをマドンナと呼ぶのなら、皆んな、心にそれぞれのマドンナを抱いて、スタジアムに向かえばいい。べつにそれがブラジル人のストライカーでも、昨年のMVPでも、新加入のアイツでも、生え抜きの期待の星でも、あるいはマスコットでも構わない。

 

CFGのことを話すのを忘れていた。が、それはまた別の機会にしよう。坊ちゃんに出てくる、お手伝いさんの清は、最後は肺炎にかかってしまう。それはちょっと今のご時世ではまた別の憂うつなウィルスを想起させるだろう。

 

マスク着用でいい。応援歌とハイタッチ禁止も我慢しよう。だから、だから、後生だから、サッカーをスタジアムで見せてほしい。

 

 

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次作は、どの作家になりすますでしょう。

 

 

あの文豪がJリーグ再開を待ちわびたら(その1)

巷では100日後に死ぬワニだか、100万回生きたワニだかがクライマックスを迎えようとしている。

JFAの田嶋会長が欧州だかで、もらいゲロいやコロナウィルスを伝染されたりすると、ああ、リーグ再開は遠くになりにけり、という感じもする。

センバツもねぇ、プロ野球もねぇ、欧州サッカーもねぇ、相撲も無観客。おら、そんなの嫌だ。一喜一憂どころか憂うつなニュースばかりが重なっていくけれど、嘆いていても仕方ないので、17日後のリーグ再開当日の様子を書いてみよう。

ちょっと前にヒットしたもし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたらをリスペクトして、ふざけてみよう。

 

第一回目は、かも上春樹。人選がいきなり、やれやれである。このシリーズは4月4日まで続くかもしれないし、あるいは続かないかもしれない。「ああ、きっとね」

村上春樹全作品 1979~1989〈1〉 風の歌を聴け;1973年のピンボール

 

1

「ねえ、本当に大丈夫なの」と彼女は聞いた。彼女と言っても名前も知らない。ただ今日この空間にウィルスを撒き散らす保菌者がいないと言えるのか、そう質問していることだけは分かった。

僕は溝の口駅からスタジアムに向かう直通バスのシートにいた。第三京浜道路を降りたら、いつものようにこっそりとシートベルトを外す。顔を覆ったマスクと、先行きの見えないコロナウィルス対策会議の平日を繰り返すだけで僕はもう十分に息苦しかった。昨夜の冷ややかな雨がシウマイ工場の壁を暗く染めて、その先の橋を渡るとお世辞にも見やすいとは言えない巨大なスタジアムがそびえ立っているのが見えて来る。シミズスポーツの誘導員たちや、強い風に揺られた選手のノボリや、見慣れた日産自動車の広告板。

花粉なのか、ウィルスなのか、社会には目に見えない敵が多すぎてうんざりする。彼女の質問には答えずに、やれやれとだけ僕は口に出していた。

 

2

完璧なハイラインなどといったものは存在しない。完璧な感染対策がないようにね。無観客試合を極度に恐れていた僕がHUB(中断期間中、サッカーの話がしたくなると僕はこうしてサッカー仲間と濃厚接触を繰り返した)で偶然知り合ったあるサポーターはこう言った。ただしその人はジェフサポだった。お前にだけは言われたくないと反射的に言い返しかけたが、前にアンフィールドで同じことを英語で言われて妙に納得したことを思い出した。それは非常に不公平で、いびつで、僕の奥底に棲む尊大な自尊心とあまりにも尊大な羞恥心を鏡に写した経験として赤ワインのオリのように溜まっている。

 

「つまりあなたはシティ兄さんをボコったリヴァプールに対する怖れがある」

「いいね。それから?」日産スタジアムのスタンドで僕は答えた。

「そんな最強のリヴァプールをアトレチコが屠ったのが痛快でたまらない。でも本当に強いのはレアル・マドリードの方。みんなが知っていることさ。それをシティ兄さんがやっつける。はい、これで振り出しよ。じゃあ誰が最強なのかってね」

「いや、シティは先勝しただけさ。180分終わらないで結果を語るのは、PCT検査に行け行けと騒ぐだけのやつらと変わらない。つまり、その、無責任だ」

 

じゃあ誰が最強なのか、君は知りたくないのかという反論を僕はさえぎるように首をすくめて見せた。キックオフは近い。

 

3

ゴールキーパーの練習開始に遅れること5分、喜田拓也を先頭に選手が入ってきた。7万人収容のスタンドは、楕円球のW杯のような超満員とは行かないが、十分に濃厚接触と呼べる距離で隣の「オナー!!オナーー!!」と絶叫しているおじさんの唾は飛散していることだろう。

開幕から既に1ヶ月以上が経過しているというのに、まるで初めて夜を共にするかのように僕はその朝、チャンピオンユニフォームに袖を通す時、相応な緊張感を持って大切に扱った。皆、同じ色を着ている。あるいは前の晩からユニフォームを着込んで眠った輩もいるに違いない。眠れなかったやつもいる。違うゲートから入った彼らは紅装束だ。巨大な自動車会社を母体にして来たことや、新幹線のぞみでいえばたった一駅の距離など彼らとの共通点はいくつかある。たぶん好きか嫌いかともしも聞かれたら、どちらでもないと答えるだろう。それは本当のことだ。

だけれど、サッカーは相手がいなければ成り立たない。そのことを僕らは痛いほど再認識した。まずはみんなが健康でいなきゃ何もできない。相手チームのことをバカだとか言う奴に「お前がバカだ」と伝えることすらバカバカしいので、今日はみんなで25メートルプール一杯分のビールを飲んでやろう。お祝いだ、免疫だって、きっと逆に高まってしまうさ。

フットボールがこれから右に左に動き出す前に、一通り愛する選手たちの名を叫び、喉のウォーミングアップは終わる。久々の手拍子を終えた両の手のひらに消毒ティッシュで清めてしまうのは、2019年までの僕にはないルーティンだった。

 

4

サッカーは勝敗がつく。そして、つかないこともある。僕たちのチームはアグレッシブで、反応が鋭くて、それでいてパワフルだった。大声でその背中を押すと、月まで飛んでしまいそうだった。

僕らの居るサイドと逆側のゴールネットが揺れたから、あれは前半のことだったと思う。残念ながら遠い側の場合、得点者を特定することは難しい。マルコスだったのか、仲川輝人か、エリキもゴール前に殺到していたからまるで分からなかった。でも今そこに居られる幸運に比べたらあまりにも些細なことだった。オーレ!オレオレオレ!と歌っている途中にマルコ〜ス? テ〜ル〜?と変化したって構いやしない。飲み過ぎた僕らの歌なんて、この熱狂がかき消してくれる。

来週の試合では名古屋の人々も勝利の歌が歌えますように。この日の僕はどこまでも聖人だった、まるでマルコスのように。

 

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恐る恐る開いたはずの三色の傘を畳んで外に出ると、クラブマスコットが見送ってくれている。自粛していたはずのハイタッチを繰り返している。このカモメたちも同じくこの日常を奪われて、そして再開を待ちわびていた。

新横浜が見えてきた。皆、それぞれの祝勝会場に向かう足取りは軽く、「傘は回した。次は経済も回してやらなきゃね。同じくらい大事だってこと分かるかな」と口も、我がチームのパス回しと同じくらい滑らかだ。

 

「こうやって少しずつ取り戻していくのかな」賑やかなアイリッシュパブでチーズを頬張りながら言う。

「きっとそうさ。祖母が言ってた。暗い心を持つものは暗い夢しか見ない。もっと暗い心は夢さえ見ない」

「わかったような、分からないような。もっと楽しくて確かな話はないの」自分で話を振っておいたことは忘れたようだ。

「オーケー。不確かなフットボールの中に確かなものも幾つだってある。例えば僕たちの国で一番速いのはオルンガじゃない、チアゴさ」

「それはもちろん」

「僕も君もトリコロールの血が流れている。なんなら今見せてもいい」

「見なくても分かるわ」

「ここに来週の三協フロンテアのアウェイ指定席が2枚ある。1枚は僕の分で、もう1枚は誰のものか。君はこのデートを断ったっていいし、あるいはそうしなくてもいい」

「全く。行くあてもない人の分までおさえるなんて呆れた人ね。転売ヤー?」

「やれやれ」

 

翌週、待ち合わせ場所に彼女は現れず、ビロードのカーテンを引くように僕の記憶から消えて行った。代わりに隣の席には、「オナーー!」と叫ぶあのオッサンが今日も飛沫を飛ばしていた。

 

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次作、かも目漱石編をお楽しみに。あるいはまったく書かれないかもしれない。

 

 

 

連鎖。ガンバが仕掛けた勇敢な罠【J1第1節●1-2G大阪】

連鎖。目に見えないウィルスは私たちからJリーグのある日常を奪った。たった8日前の開幕戦のときも雲行きは怪しかったものの、それから一気に開催延期が広がった。一番早かったのはJ、村井チェアマンの決断でそれに追随する形で無観客試合、延期、中止など各スポーツ団体が続いた。

 

開催見合わせの期間は2週間とされたが、新型感染症の収束の見通しが立たない以上、まだ再開の目処も立たない。災難、厄災、我慢。いずれにしても再開されるまでマリノスの試合の記憶が、この開幕戦で止まってしまうことはとてもつらい。

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私は、この日大阪に居た。毎年のこの時期大阪に1週間ほど出張する。前年は吹田での開幕戦に立ち会えたが、今年はホーム開幕。しかも土曜ならまだ行けたのだが、悲しみの日曜。

大阪で発売されたばかりのランチパックを買うものの、コンビニでは横浜F・マリノスバージョンは売っておらず、やむなくG大阪を喰らうことでゲンを担ごうとした。

で1週間、感染症の影響で仕事も大きな影響を受けてようやく今である。

 

ミスの連鎖は「起こされた」

ティーラトンのトラップもおかしく、戻された扇原貴宏もトラミで前を向けず、伊藤槙人に戻す以外の選択肢を失う。槙人の朴一圭への横パスもズレる。そしてパギもまたトラミ。これだけ最終ラインでミスが重なることは珍しく、そりゃあ失点する。

でもこれはマリノスの自滅とはどうしても思えない。G大阪の思い切ったカミカゼプレスにリズムを狂わされたからだ。

 

喜田拓也と扇原、およびマルコスジュニオールにパスが通ると、マリノス陣内であっても追いかける。さらに前線の仲川輝人には藤春がマリノスボール時にはマンマークしてくる。藤春ミッション。キーマンにボールが渡ったその瞬間、彼が自分でボールを前に運ぶ前に。

 

 

定石1・リズム破壊

ゼロックス杯の前半でも慌てたように早く鋭いプレスにマリノスは手を焼く。そこに連動が加わると、パス回しにズレが生じる。パス回しにはリズムが大事だ。上手く行っている時のマリノスのパス回しが楽しい理由もこのリズムにある。

そのリズムも壊すための連動プレス。最終ラインに人数をかけてプレスをかける分、マリノスがいなせば大きなチャンスが転がり込というガンバにとっては紙一重の作戦。それが身を結んでしまった。

誰が悪いというよりも、立ち上がりに圧を正面から受けてしまったマリノスの対応が悔やまれる。

マンCであっても、リバプールであっても、彼らの前進を止めるなら首根っこを捕まえに行く。たぶん一番シンプルな定石通りのやり方だろう。それを完遂したところにガンバの勝因がある。

 

定石2・ハイライン破り

マリノスがラインを上げて、ポゼッションを高める。両サイドはさらに広く高く。真綿に首殺法だ。ジワジワと相手は守り疲れ、綻び、そこをスピードで壊す。やる方はゾクゾクするし、やられる方は堪らないだろう。

ハイラインを下げるには?当然ウラを狙う、サイドバックのウラを狙う。足の速いセンターバックの遠い方のサイドだ。それが定石。でもチアゴ・マルチンスという規格外の選手がそれすらも封じてくる。ウラを狙った長いボールは全部チアゴに回収され、まもなく逆襲を喰らう。それでは割に合わないのでロングボールを蹴る人は激減した。

 

ヨーイドンで勝てないなら、ヨーイドンを狙うと巧みにオフサイドにかかるなら、どうする?

そこで持ち出されたのが「後ろの列から堂々と抜け出す」だった。倉田のプレーである。

 

 

はい、オフサイド……じゃない!!

一旦ガンバの攻撃を組み立て直すぜと見せかけてGK東口へのバックパス。それをまさかのロングフィードで前線を狙う。いや、待て。攻め上がっていた5名がまだオフサイドポジションじゃないか。なんて無駄なことを…

その心理的、時間的ギャップにいち早く反応したのが倉田だった。オフサイドだし、大丈夫…と思ってしまったのか、倉田を追うタイミングがほんの少し、0.2〜0.3秒遅れた。これが致命的となった。

オフサイドを知らせる副審の旗は、VARであっさりと覆されて、ガンバに2点目が入ったのである。

何も新しいやり方ではない。ハイラインの宿命。1失点目は最終ラインからつなぐことにこだわるがゆえの副作用。そこを愚直に突かれたのである。

 

 

マルコスのスーパーゴール

0-2とされ開き直ったマリノスは、後半はさらに攻勢を強める。65分の喜田→エリキの交代はこれまでにない攻撃的な采配。いや、まあエリキ加入以降、これほど劣勢な試合はなかったとも言うが。

 

オナイウ阿道のシュートも東口に弾かれるなど嫌な流れだ。だがさすがのG大阪の運動量も落ちてきたがエリア内のブロックは決壊しない。もう中も外もスペースがないのだ。

 

そんな時にマルコスの劇弾は生まれる。エリア手前中央で受けてからのターンが美しく、DFが寄せる前に左足を振り抜く。そのシュートはクロスバーに当たった後にゴールに吸い込まれていったのだ。美しいゴール。スーパーゴールだ。

 

エジガルがついに帰還

だがこうしたゴールに頼らざるを得なかったのも事実である。シュートはG大阪の倍の20本。でも枠内シュートはG大阪6でマリノスは4だ。

残り4分+ATというところでマルコス→エジガルジュニオの交代。エジガルチャントの声はテレビ画面越しにも巨大なものだった。同じく途中にティーラトンと交代した高野遼もサイドからチャンスを作る。だがエリキ、エジガルにシュートは生まれず、1点差での敗戦となった。

 

殴っても殴っても有効打とならないもどかしさ。ACLと異なり、マリノスのストロングをよく理解したうえで、仲川のドリブルはわずか2回に封じられた。他方、遠藤渓太は10回チャレンジして6回成功したという記録だ。渓太がとりわけ良かったというより、G大阪が多少左サイドには目をつぶっても、右に藤春を張り続けたということか。

 

 

やることは変わらない

結果は厳しい。やられ方もちょっと辛い。

けれどもここ半年、上手く行きすぎていたと思うことにした。

いいよね、対策。王者っぽいよね。それを弾き返しちゃうのもいいけど、いったんは相手の必殺技を喰らってしまうのも、古典的ヒーローもの感覚で言うと勝利への近道である。

 

中止なものは中止。ACLは再開までまだまだかかりそうだが、なんとかJリーグとNPBで連携しあって最短のスケジュールで復活することを願ってやまない。

 

練習試合の結果を見る限りは新戦力の台頭がめざましそうで、畠中槙之輔の復帰も近そう。

冒頭で「マリノスの試合の記憶が、この開幕戦で止まってしまう」と書いたが、たった1試合で王者感が薄れたのはとてもいいこと。

 

もう一度チャレンジャーとして挑もう。そして最終節、吹田でやり返して連覇を決めてやるからな…!