マリノスにシャーレを 2021

横浜F・マリノスの話題を中心に、いちサポーター目線で愛を語ります。いちお3級審判、不定期で審判やルールネタも。サッカー少年2人の父。

ボスとの別れ 航海は続く

optaによると、アンジェ・ポステコグルー監督(ボス)が指揮したJ1リーグ戦は118試合。これはクラブ史上最多の数字だという。2018年にボスの父君が亡くなった際に一時帰国で1試合欠場したことがあったがそれは含んでカウントしているようだ。
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戦績は58勝18分42敗。49%という勝率もクラブ史上最高とのこと。数字だけ見ると、もっと勝っていたような気もするが、そういえば大きく負け越した年もあったか。

ただ、ボスの築いたもの、残したものはこうした数字では表せない。

「自分たちのサッカーをする」という言葉に行きつく。曖昧で、頼りなくて、ときに目先の勝敗よりも優先された変な言葉。
相手は関係ない、自分たちだという言葉を、試合前、試合後にも何十回、何百回と耳にした。


見るものを魅了した。世界的名手が、他チームの監督が、OB選手が、はたまたアジアの列強が、今最も魅力的なサッカーをしているのはマリノスだと言った。
信じられるだろうか、「塩漬け」をメインディッシュにかましていたマリノスが。

もう一度、あのころのボスのコメントを噛みしめてみたい。

2018年、絶望との紙一重

シーズン直前の味スタで行われたPSM(プレシーズンマッチ)でボスのサッカーは実質初めてベールを脱いだ。今季よりもよほど狂気じみたパス回しをしていた記憶がある。これを超攻撃的サッカーと呼ぶらしい。「なんだ!この別の競技のような感覚は。一体この先どうなっていくんだ」サポーターたちは最初に戸惑い、徐々に期待が大きくなっていく。

開幕のセレッソ戦では大半をリードしながら、追いつかれて勝点1に終わる。「自分たちにとっては初の公式戦になった中で、部分的には良い内容があったんではないか。ただ長い時間リードしていたので、勝点3をとれなかったのはちょっと残念」というなんだか、カリスマ性を感じさせないコメントが残っている。

湘南戦4-4とかいう、ウーゴがハットトリックしたのに勝てなかった試合に代表されるように、得点は確かに増えたがそれ以上に失点も増加した。今思えば、チアゴはいなくて、スピード勝負は苦手な部類の満身創痍のディフェンスライン。でもボスは革命をやめようとしなかった。

このサッカーが完成したらきっとすごいことになるという夢は、現実という壁と、降格圏という恐怖に流されそうになる。

長崎戦で5得点し、W杯の2か月におよぶ中断期間があけたユアスタでは仙台を相手に8点とった。「入りも非常によかったし、しっかり準備してきた結果」と言い、中断期間で取り組んできたことが成果になったのか?の質問には、8点も取れたのだからそうであることを願っている(笑)と上機嫌で答えている。

だがここから公式戦7試合で6敗を喫する。大量失点も多かった。ボスの解任は現実味を帯びていたが、ノエスタの久保建英の劇的弾に救われる。とはいえ、チームの調子は上向きにならなかった。ルヴァン杯でG大阪、鹿島をくだして決勝に臨んだが、肝心の決勝では湘南を前に完封負け。

最終節でなんとか残留。ボスが途中で首を切られていたら、またはこの年J2に降格していたら。まったくありなかったどころではない、そんな世界線とは紙一重だった。

最終節もC大阪に敗れて、記者の質問も手厳しい。攻撃的というけれど途中から方針を変えたよね、来年はどうするつもり?と。
「シーズンを通して成長している、アタッキングフットボールを継続する。コンスタントに良いパフォーマンスが出なかったので結果にはつながらなかったがチームとしては成長を続けている」

捉えどころのない受け答えに、不安しか残らなかった。少なくとも私は、来年の飛躍を予感できなかった。

2019年、歓喜

本当に紙一重だ。開幕はパナソニック吹田で乗り込むが、開始わずか10秒あまりで自陣のパスを狙われて失点した。今年も失点の多さは覚悟するしかない。安い失点は減らないのか。落ち込むには十分な失点だった。

だが、すぐに息を吹き返した。
厳密にはオフサイドポジションにいた仲川輝人の同点ゴールはわずか数分後。すでにVARが導入されていたらこの得点は取り消されただろうが、失点のショックを払拭して逆転勝利にまで持ち込む。

この開幕戦もアンジェ・マリノスの運命を大きく分けた一瞬だった。
加えて、強化部で小倉勉SBが辣腕を振るったことも忘れてはならない。開幕時の選手層はまだ優勝を語るには厚みが足りなかった。

序盤でのティーラトン、和田拓也の補強、飯倉大樹が移籍したら中林洋次。エジガルの怪我にはエリキ、マテウス。天野純と三好康児というインサイドハーフ2名が立て続けに渡欧しても、渡辺皓太と、的確な補強があればこそ、シーズン後半の神がかりの快進撃が生まれた。

現場がアタッキングフットボールを貫徹したからこそ、フロントもそれを信じて予算を超える戦力投下を行ったのだ。

この先、何十年、何百年とクラブの歴史が続いても、クラブ史上4度目のリーグ制覇をボスと成し遂げたことは色褪せないだろう。
15年もリーグタイトルから遠ざかっていた、悪い意味での古豪に再び頂点をつかませたこと、ひょっとすると初優勝より難しいかもしれない。

最終節、優勝が決まった直後のインタビューだ。
「自分は、本当に結果についても満足しています。
新しい国、新しいリーグでやる、特にこのJリーグというのは難しいリーグだと思います。自分にとっては、本当に意欲を持ってチャレンジしようと臨みました。
私は、自分のメソッドを信じています。そのメソッドが通じれば、必ず結果は出ると思っていました(中略)


2020年、歓喜との紙一重

既定路線ではこの年が最終年だったのかもしれない。
ただこの年のパンデミックは、いろんなカレンダーを大きく狂わせたし、20年夏にボスのもとにオファーがあっても違う判断となっていたのではないか。

それくらい異常な年となった。
過密日程とは言うもののリーグ戦は最初から最後まで、リズムをつかめなかった。2021年にはある意味2019年よりも安定した強さを見せていることを考えると、2020年は低調だったの言わざるをえない。

再三にわたって日程が組みなおされ、11月にずれこんだACLの再開。中断前の2連勝のアドバンテージも生かしながら、順当にグループリーグを突破した。
これまで破れなかった壁を越えただけの話ではない。力の差を見せての戦いが誇らしかった。アタッキングフットボールの醍醐味と、その実力はアジアの列強をも震え上がらせた。

何度も振り返られているように、水原は集中力を発揮したが決して倒せなかった相手ではない。内容ではほぼ制圧しながらも決め切れなかった。
ラスト3分の1の精度というのは、結局は決定力という運不運も含めた不確かなものに依存してしまう。それはアタッキングフットボールを突き詰めた結果であってもだ。

「このチームはノックアウトステージに初めて進みましたが、多くの選手がこのレベルでの試合が初めての経験だったということが影響したかもしれません。ただ、完全にやられた、仕方がないという結果ではまったくなかったです。今日は前半で決められる内容でしたし、そういう内容だったからこそ、より悔しさが自分にも選手にもチームにもあります。」

  • 並のチームとは作られるチャンスの数が違う。それだけシュートチャンスが多ければ一定の割合で得点は増えていく
  • 相手の組織を崩し切るのも特徴だ。触ればゴールという、フィニッシュの難易度としてはだいぶ下がった決定機も多い

それでもなお16強で敗れた。その水原をくだした神戸は4強まで進んだ。負け惜しみではなく、紙一重だったことがもったいなく、悔しい。
そして、さらに悔しいことに2021年は、ACLの挑戦権すら掴めなかった。

2021年、航海は終わらない

覇権奪回を誓った2021年。開幕こそ苦杯を嘗めたが、その後の戦いぶりでは安定的に勝点3を積み上げている。前年の得点上位だった外国籍アタッカー2名が相次いで移籍してストライカー不在などと言われたが、前田大然とオナイウ阿道の充実ぶりも、ボスのチーム作り、マネジメントによるところが大きい。

同点で終盤を迎えても控え選手の厚さで決勝点をもぎ取る姿は、この5人交代制のルールに最大限適応したものだ。直前で言えば、ボランチの絶対的レギュラーと思われた喜田拓也と扇原貴宏に割って入るように、岩田智輝と渡辺が台頭してきた。このような底上げのあるチームは強い。

当然、監督がかわればこの起用の優先順位も大きく変わるので、直前誰が試合に出ていたか、控えだったかはあまり意味がない。まちがいなくチーム全体が強くなっている。このチームには誰にもチャンスがある。

今、ボールをつなぐことでペースをつかもうとするサッカーを追随する動きがJリーグで広まっている。たどたどしいパス回しは、ほんの数年前の自軍を見るようだ。これを成熟と呼ぶのか、空気のように当然になったのか、どうしようもないパス回しのミスはほぼ見られなくなった。

マリノススタイルと、それに適合した選手たち。これが俺たちの武器だ。
首位を追える力があるのはマリノスをおいて他にないように思う。強いチームはいくつかあるが、マリノスも相当にやる。

ボスの最大の功績

2021年6月10日、革命家が監督を名乗ったようなアンジェ・ポステコグルー監督の退任が発表された。スコットランドを代表するセルティックの監督オファーを受諾し発表されたことで、最初のこの報道が出てから2週間あまりの騒動はついに終わりを迎えた。

「もっともっとこのクラブでタイトルを取りたかった。それが心残りだ」監督の退任会見で残した言葉。

3年半でリーグタイトル1つ。でもそれを「物足りない」と誰も言わないのはなぜだろうか。
クラブの核となるアイデンティティを植え付けたからだ。

自分たちのサッカーをする。自分たちが主導権を握って、プレーする。相手は関係がない。

これほど茫洋としていて一方的なデザインはない。選手に信じさせ、クラブを本気にさせて、サポーターを熱狂させた。
ただちにとは言わないが、数年後にはおそらく選手も、下部組織の指導者も徐々に入れ替わっていく。

トップチームの監督が何を目指すのか。ボス以上も難しいし。ボスの継承はさらに難しい気がする。
このことが、ボスの最大の功績である。そして継承という難題をどう消化するかが、クラブの取り組むべき大いなるテーマ。


エリク・モンバエルツは港と船そのものを設計し、そこに搭載する装備と船乗りをクラブが用意した。
偉大なる船長は、わざわざ荒波の航海を選び、寄港地でタイトルをもたらし、新たな航海の途中で下船する。新たに乗る緑色の英国船との契約は1年、これまた荒れる大海原だろう。

残ったトリコロールの船は、別れを惜しむ暇もなく、戦いに戻る。覇権を取り戻すのだ。
ここでの別れは残念だが、黒澤社長のコメントにあるように、ボスの意志を尊重して送り出すことがクラブとしてできる最大の敬意。シーズン途中に監督が交代するのはネガティブなケースがほとんどだ。

欧州のトップチームに引き抜かれるなど栄転以外の何物でもなく、クラブにとっても誇らしい出来事だ。今後もマリノスで結果を出せば、欧州へのステップアップの道は開かれている。だから安心して、腕に覚えのある監督に来てほしい。


あす6/13には、松永英機暫定監督のもとに札幌とのルヴァン杯プレーオフの第2戦に臨む。松永氏といえば古くはヴェルディの監督だった人物だ。甲府、神戸、岐阜の監督の後は、長く育成年代にかかわってきた。マリノスのアカデミーに加わったのは19年で、今年はエリートリーグの指揮を執ったことでも知られる。

代表メンバーの合流はまだだ。
その中で、稀代の名監督を送り出したマリノスはどう戦うのかに注目したい。