2020年5月2日は、コロナウィルスのないパラレルワールドでは、マリノスが鹿島をハナキン夜の日産スタジアムに粉砕した前夜の甘いゴールの記憶とともに気持ちよく過ごしていたはずの1日。そうだ、ACLがあるからフライデーだったんだな。大型連休期間中の平日夜とはなかなかひねりが効いている。4日後にACLのグループリーグ最終戦でシドニーとのアウェイ戦を控えているが、おかげさまですでにグループの首位突破が決まっていたために、大胆なターンオーバーを敢行していたことだろう。
たった2年前の5月2日、そこには惨敗と破壊があった
2020年の3月以降、私たちは居るはずのマリノスが居ない不思議な世界を生きている。2020年の観戦記は白いまま進んでいく。ではせめて過去の同じ日付にあった歴史を振り返り、今年のページに書き加えて行こうと、そう考えた。もちろん毎日、毎日と書ける予感はまるでない。
だが5/2という日付をめくったら、あった。
2018/5/2は、2018明治安田生命J1リーグ第12節。横浜F・マリノス対ジュビロ磐田が日産スタジアムで行われた。実はこの日も、連休前の平日夜というシチュエーションだった。
この試合を迎えるまで、マリノスは11試合で勝点12の13位で対する磐田は勝点15の9位だったのでマリノスが勝利すれば両チームの勝点は並び、得失点差によっては順位逆転していた。
結果的に入替戦の16位に沈む磐田と、同勝点で紙一重のところまで追い込まれたマリノス。両チームともに苦しんだ年だった。マリノスの2018年は、すぐ思い出せる通りアンジェ・ポステコグルーを招聘したその年で、5月と言えばスタイルの転換の只中、試行錯誤を続けていた頃である。
ミスによる失点の連鎖
パスのズレやハイラインの裏を狙うというのは初期のマリノス攻略の定石で、磐田はそれを実行してきた。前半2失点、後半さらにもう1失点を重ねるのだが、どれもミスやそれはアカン的なロストが結びついてしまっていた。天野純、扇原貴宏、中町公祐という中盤の選手がボールを失う様は、ボールとともに自信さえも失っていくのを見るようで物悲しくなった、といえばネガティブに聞こえるだろうか。
まあチアゴと畠中槙之輔の影も形もないころ、今から考えるとやはり厳しかった。
彼らが無双することを知らないこの時には、この先にどんな未来があるのか、改善していく様子はイメージできなかったというのが本音だった。痛みを伴う改革などというが、血をだらだら流しながらこの攻撃的フットボールと殉じるのだ…という考えは狂信的でしかない。そんな頃だった。
この試合のマリノスのスタメンを振り返っておこう。GK飯倉。
DF山田康太、中澤、金井、山中。
MF扇原、中町、遠藤、天野、ユンイルロク。
FW伊藤翔
手元の記録では4-5-1だった。控えには、この試合まで怪我で離脱していた喜田拓也の名前があり、ミロシュデゲネク、大津祐樹、天皇杯で伝説になる前のウーゴ・ヴィエイラ、そしてルヴァン杯で少しずつ結果を出してリーグ戦のベンチをつかんだ仲川輝人がいた。
前半の段階で2失点を喫したマリノスは後半9分に、扇原と山田を下げてウーゴ、仲川を投入する攻撃的な布陣への変更を余儀なくされる。
リーグの歴史に残る愚行
選手交代をしたマリノスだが、直後に3点めを失ってしまい、中町に変えて喜田を入れた。
すでにゲームは配色濃厚。だがリードしているはずの磐田、DFギレルメが2枚目の警告を受けて退場処分を受けてしまう。すると、近くにいた喜田に向かって激昂し、蹴りを入れる。
さらにピッチの外に出た後にはマリノスのスタッフにも殴りかかるという愚行に出たのである。これにはスタジアムも騒然となった。ここまでの暴力を振るった選手は見たことがない。制御不能。
なおギレルメは7試合出場停止処分を受け、直後には契約解除となっている。同年10月、祖国ブラジルでまた対戦相手を殴打して退場となったことは、ほんの少しだけ話題となった。
この試合の後味を一層悪くしてくれたものである。
伝説の始まりか
唯一のマリノスの得点が生まれた、退場の場面の5分ほど前に戻る。
右に入った仲川がエリア内で倒されPKを獲得した。だがウーゴが難なく決めたはずがシュートは蹴り直しを命じられる。ああ、この辺りもスタンドで見ている側としては苛立ちの原因だったなあ。
蹴り直しのコースが甘くなったウーゴのシュートはカミンスキーに難なく弾かれてしまうのだが、そこに走り込んでいたのは仲川だった。
全速力。跳ね返りのバウンドをワンタッチで。ともすればバーのはるか上を越してしまう可能性はあったが、カミンスキーの頭上を撃ち抜く弾道だった。
思えば、このエリア外からの15mのスプリントが彼の人生を変えたのかもしれない。J1のMVPに上り詰めることになるテルのJ1初ゴールがこれだったからだ。
そして3日後の名古屋グランパス戦ではスタメンに名を連ねるのだ。分かりやすいほどの分岐点だったことになる。
よくまあここから立ち直った
「ただの敗戦」という点では屈辱的なものだった。試合後のボスのインタビューにも、前半のようなプレーで勝てると思っていたら大間違いだ、二度とこのような試合をさせないとサポーターに言いたいなど、激しい言葉が並んでいる。メンタルを立て直すことにも言及している。
3日後の名古屋戦では先発5人を入れ替えるなど、試行錯誤は続く。喜田は、ボスやこのサッカーを信じる気持ちはぶれなかったと優勝後のインタビューで語っていたが、仮に最も危なかったとしたらこの時期だったのではないだろうか。
わずか2年前の試合でスタメンだった選手のうち、残っているのは遠藤と扇原だけ。激動である。
ただ忘れてはならないのは2019年をもってマリノスが一つの完成を迎えたわけではないということ。4-0のシドニー戦のように、リスクを恐れずにそれでいて5点6点を狙い続けるチームはまだ進化中だ。
そこに新戦力の選手たちが、どう重なっていくのか…。続きを待ちわびるとしよう。