レベルの高い好ゲームが予想され、その通りになった。
鳥栖の組織力高い守備に手を焼くという予想は外れて、マリノスの選手たちはチャンスを量産していった。
監督退任後にカップ戦で連敗したマリノスと、リーグで8試合負けなしを続ける鳥栖の一戦だ。ともに前年に低迷した成績を大きく上回る戦いを見せて、3位と4位として直接対決を迎えた。この順位にいるのは決して偶然や幸運ではない。
そして上位を追うのは、俺たちだ。
完全移籍の遠藤渓太と五輪へ向かう前田大然
試合前からして、特別な試合となる。ドイツ・ウニオンベルリンに完全移籍が決まった遠藤渓太の試合前の挨拶。こうした普段着での挨拶は、味の素スタジアムでの久保建英以来かも。(他チームの話は知りませんが建英は他チームだと思っていないので)
思えば1年前は、リモートでドイツへの出発のメッセージを見た。今となれば顔つきも、身体つきも逞しくなった。二俣川からドイツへ、世界へ。
抑揚の少なめな挨拶、堂々とした場内一周、それをベンチ裏からブーイング混じりに見守るかつての仲間たち。いやー、試合前にコレやりますかね。
やはり下部組織生え抜き選手が、国内ではなく海外に挑むというのは感慨がある。去年はできなかった直接の顔見せがこのタイミングでできたのも遠藤渓太の強運だろう。
スピーチの中では、冒頭に東京五輪メンバーに残れなかったことの悔しさをにじませた。オーバーエイジを除けば15名というW杯よりもさらに狭き門だ、胸を張って良い。
その門を突破した前田大然と、バックアップメンバーに入った鳥栖の林大地への花束贈呈がある。テレビ中継、報道でも、これから注目選手として常に「五輪代表の」という枕詞とともに前田大然は注目される。結果が求められる。
その行先は、海外再挑戦か。補強の動向も相まって、"五輪とその後"ということにも注目していきたい。
スタメンの人選、予想以上の出来
10日前に行われたルヴァン杯札幌戦と比較すると、スタメン4名の入れ替えとなった。
天野純と仲川輝人はベンチスタートで、松原健と渡辺皓太はベンチ入りしなかった。
代わりに代表帰りの前田とオナイウ「ハットトリック」阿道。岩田智輝とともにボランチの位置には扇原貴宏が入り、左サイドバックは和田拓也が入った。
開始直後からマリノスの出力が高い。悪い意味で慎重だった札幌戦を振り切るように飛ばす。先に鳥栖を面食らわせることに成功し、たまらず鳥栖は長いボールでマリノスDFの後ろを狙わざるを得なくなる。
だがそれしか狙ってこないと分かっていれば、チアゴ・マルチンスと畠中槙之輔に破綻はない。味方に繋がるように跳ね返していけば良い。
攻撃面ではこのCBふたりと、ボランチの選手が前に出る判断がすばらしく、ことごとくマリノスのボール保持率を高めていく。
両ウィングをタイミングよく走らせると、高い確率で瞬発力で勝る。高低さまざまなクロスが鳥栖のゴール前を襲う。
鳥栖のシュートは前半3本に封じほぼマリノスペース。しかし決定機を決めきれずにいた。
鳥栖の守護神のすさまじいシュートブロック
初めて対戦相手として対する鳥栖GK朴一圭。横浜の移籍から半年あまりが経過した。彼が鳥栖の好調さを支えているのは、この試合の様子からもはっきりと分かる。圧巻の内容だった。
マリノスの決定機を迎えた瞬間の動きには脱帽した。身体の角度、シュートコースを切るタイミングが極めて合理的だった。
すべてを防げるGKはいないが、理屈にかなった「理論上、最もマリノスの得点確率を減らす動き」。そのために、1対1の場面でどれほどマリノス選手が苦労したことか。
朴一圭の見せ場が多いということは、それだけマリノスのチャンスが多いことでもある。
もう少し、もう少しだ。
ついに先制点、マルコスの気迫がこじ開けた
マルコスの消耗は大きかったように見えた。今季ずっとフル出場を前提にしていない。マルコスは行けるところまで行く。
それなのに、自分で奪って、自分で運んで、難攻不落の朴一圭からゴールを奪ったのはリアル二刀流並みの活躍だった。
さらにゴール裏に向かって、カップ戦のタイトルを失ったことに謝罪するような素振りを見せる。
今季3点めのゴールだが、これまでの2点はいずれもPKだった(福岡、横浜FC)ので、流れのゴールとしては今季初ということになる。
このゴールを生んだのは、相手陣内でかつての同僚である仙頭からマルコスがボールを奪ったことに始まる。
2対2という同数でのショートカウンターになって、前田大然が左側を走る。そこへのラストパスをいつ出すか、まだか、とじらせたうえで自分自身で右足を振り抜いた。このシュートがCBの島川の背中にあたってコースが変わり、さすがの朴もお手上げのゴールとなった。
大然へのパスにも対応しなければならない島川はマルコスに向かって正対できなかった。その半身の体制が不利であることを利用したようだった。
やはりマルコスは頼りになる。
圧倒的にゲームを支配しながらも、どうしても点が奪えないという雰囲気は本当に嫌なものだ。その崩せなかった牙城からようやくゴールを奪った。
高丘のビッグセーブ、88分の追加点
終始、危なげない試合を進めたマリノスだったが、鳥栖の決定機だったのは74分のCKから途中出場の本田が放ったシュート。さらに79分、エリアを飛び出してマリノスのロングボールをクリアした朴からのボールだった。
そうだ、朴は簡単にクリアを選ばない。意志をもったパスにする。不確実に思われたロングパスは畠中槙之輔の前でバウンドして、頭上を越えていく。そこに飛び出した二種登録、18歳の二田(にった)。スピードもある。アウトサイドにかけてファーを狙ったシュート、まずかった。
あわててゴールマウスまで下がって、なんとか体制を整えた高丘陽平は懸命に身体を伸ばしてこのシュートからゴールを守ってくれた。すかさず畠中を叱り飛ばす。
高丘と朴。チームが入れ替わった因縁の二人。どちらも、正GKとして試合出場を続けている意地がぶつかったような印象深いシーンだった。
これをしのいだのは大きかった。
88分、試合の趨勢が決まる。
マリノスのパスが鳥栖のペナルティエリア付近でカットされたのだが、すかさず高野遼が奪い返す。それをレオ・セアラが受けて左サイドに駆け上がってきた和田拓也に渡す。
久々のスタメン出場で疲労困憊のはずなのに、すごい。
さあ、高精度のクロスを見せてくれ! と、思いきや、左足から放たれたボールは、まっすぐにゴールネットへ向かう。
クロスばかりを警戒していた朴は、完全に逆をつかれてゴールイン。「狙ったことにしておいてください」とヒーローインタビューで答えた和田がかわいい。意図したのはクロスだったのだ、それが終盤の疲れもあってミスキックだった。映像で振り返ると、ゴールしたその瞬間の和田は、喜ぶというよりも、一瞬天を見上げている。照れ隠しだったのかもしれない。
これがリーグ戦19試合目となる鳥栖にとって、初の複数失点だった。
いずれも相手陣内でボールを奪ってからのすばやい攻撃が、鳥栖の守備を上回った。休養十分だった中で、最後までハードワークを貫いたマリノスの戦いは誇らしい。
2位浮上と書いたけれど、そのことに意味はない
ついに本当に2位になった。川崎とは4試合、名古屋とは3試合、試合消化が遅い状態だ。彼らはACL出場のため、一か月間お留守なので、その間に彼らの勝点が伸びることはない。
名古屋はすでに川崎に連敗する形で直接対決を終えているので、世の中の評判も川崎独走にストップをかけるとしたらマリノスしかいないという見方をされているようだ。いや、もう優勝争いの決着はついていると、見ている人が多いのだろう。
ただし、不気味な存在のマリノスが、監督交代後に初のリーグ戦で最高の試合を見せた意味は大きい。試合数に差のある4試合ですべて勝ったとしても、まだ川崎には6ポイントの差をつけられている。並大抵のことではない。
川崎が一番嫌がるのは、その留守の間にジワジワと差を詰められることだろう。逆に言えば、我々にはそれしかできない。あまり騒ぐこともせずに、淡々と追っていく。五輪後に、両軍のスカッドにも変化が起きる可能性もある。すでに田中碧の移籍が取りざたされているが、それだけではないかもしれない。むろんマリノスにもリスクはある。
さらに言えば、この夜の試合をいつまでもベストゲーム扱いにするわけにもいかない。
FW陣はゴールを奪えなかったわけだし、後半にはパスミスが続くこともあった。
新監督の話題も出始めたが、ジョン・ハッチンソンヘッドコーチと、松永英機監督代行の試合後の破顔一笑は、監督ロスという乗り越えたものの大きさを表しているようだった。
強い鳥栖を相手に、素晴らしい試合だった。素晴らしいメンタリティと態度だった。
そして、ここからだ。