今年もマリノスにシャーレを 2020

シャーレを掲げることは難しく、守ることはさらに難しい。連覇に挑む2020年、アウトサイダーではなく本命として、今年もシャーレを掲げよう。座右の銘はシャーレです。

順風満帆にして波乱万丈…遠藤渓太、世界へ飛び出す

一抹の寂しさとそれを上回る期待感と。トリコロールの誇りを胸に、若武者は海を渡る。

 

昨夏、マリノスは三好康児と天野純を送り出した。(三好は厳密には川崎に戻ったうえでの移籍だったが気にするな)強くなったマリノスに次々と有能で有望な選手が集まり、そして輩出されていくことが誇らしい。

だが、上記の二人の次が彼になるとは1年前はまるで予測できなかった。

横浜F・マリノスユース→横浜F・マリノス→海外というこれ以上ない純粋培養での海外移籍は小野裕二以来。遠藤渓太はいよいよ二俣川から世界へ飛び出す。

 

気がつけば左ウイングで最も手堅く仕事のできる選手になっていた。はっきり言って戦力的にはかなり痛い。でも、抜けても痛くもない選手は海外移籍なんてしたりはしないものさ。ドイツから獲得を熱望されるような選手がそうそう何人もいるわけがない。そう言わせている渓太が、すごいじゃん。

 

ベルリンの「じゃない方」

行き先はドイツ・ブンデスリーガ1部の、1.FCウニオンベルリンである。内田篤人がシャルケの後に在籍した2部のクラブという記憶を持っている人もいるかもしれない(私がそうだった)。創立は1966年と半世紀余りの歴史を誇るが、1部在籍は1年のみ。首都ベルリンと言えばヘルタベルリンが有名で、「じゃない方」のクラブであった。同じベルリンでも東ベルリン、すなわち東独のクラブで、統一後もかなり貧困に苦しんだようだ。

 

上で、1部在籍は1年のみと書いた。そう、その1年こそが2019〜20年シーズンだったのだ。昨年クラブ史上初めて1部昇格を果たすと、強豪ドルトムントに勝利を収めるなど11位で残留を果たしたのは見事。

 

理想的な移籍先かも

日本語で、ウニオンベルリン愛に溢れた素晴らしい記事を見つけたので、ぜひ読んでおいてほしい。

 

苦労した雌伏の時期を経て、一気に飛び出す。原動力はサポーターの愛というこのクラブそのものが、遠藤渓太の軌跡にそのまま重なる、と言ったら陶酔しすぎだろうか。

 

愛されし、生え抜きアタッカーのバカウケ移籍先がなかなかゴキゲンで、「渓太もまた神様になる」のだとすると、これほど素晴らしい移籍先はないのではないだろうか。チームカラーが赤ということでユニフォームが似合うのかどうかが気がかりだし、似合ったら似合ったで寂しいという面倒な親心というやつである。

 

 

上記のウニオンベルリンサポーター、略称ウニサポさんは、マリノスと同様に左ウイングでの起用を早くも予想されている。

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経歴としては「順調そのもの」か

遠藤渓太の表層的な数字は極めて立派である。22歳の若さで、J1通算100試合出場達成。ルーキー年の3月にはJ1デビューを飾り、マリノスの高卒ルーキーがほぼ全員出場機会を求めてレンタル移籍する中で5年間一貫してマリノスで競争を続けた。昨年は自己最多の33試合に出場し、7ゴール7アシストはどちらもキャリアハイとなる数字を残し、優勝に大きく貢献した。さらに個人としてはルヴァン杯ニューヒーロー賞のほか、五輪代表にも継続的に招集されている。

日本人全体の同年代を見渡してもトップの実績と言っていいだろう。「22歳で欧州四大リーグの1部へ移籍」というのは、マリノス的に言えば中村俊輔クラスなのだから。

 

ただ多くのマリノスサポーターが、この数字の額面通りではないことを知っている。だからこそ感慨深いのだと思う。 

トップに上がった時もギリギリなら、その後もだいたいギリギリだった。エリク・モンバエルツはかなりのチャンスを与えてくれたが、次はもうスタメンどころか、ベンチ外やろなぁという試合で、ギリギリ踏みとどまる活躍を見せた。ライバルもゴリゴリドリブルのブラジル人やら、技巧派の元韓国代表やら、スピード自慢の渓太の遥か上を行く最高速を誇るキュラソーの怪人やら次々と先発機会を脅かしていく。だいたいにおいてギリギリだった。

背番号を11に替えた時のことも思い出す。「え、そんな重そうな番号をわざわざ志願して大丈夫?」。諸般の事情で11番への印象が悪かったこともあったが、レギュラーとは言えなかった渓太が着けるには違和感というか、今から考えればこの上なく余計なお世話な心配もあった。が、それも払拭して見せた。11に憧れてユニフォームを買う少年の姿は決して少なくない。

ギリギリの戦いに勝ち続けたわけでもない不思議。でも気がつけば少しずつ、着実に階段を登っている。その様が、俺たちの父性・母性をいかんなくくすぐったのだ。

 

昨年の優勝決定戦の、あの全マリサポが泣いた最後のゴールももう一度見直そう。

動画6分2秒のティーラトンのリスタートから伝説は始まっている。

youtu.be

2019明治安田生命J1リーグ第34節vsFC東京ハイライト動画

 

入れ替わったところもそう、タッチライン際に膨らんでアウトサイドでボールを残したタッチもそう。カットインした後の判断、持ち替えて利き足ではない左で打つと決めた判断もそう。GKの手足をかすめたボールがコロコロと転がり枠内に収まったその瞬間も。全てが紙一重なのだ。これが枠外に転がってしまう選手も必ず存在する。そしてあのような極上の瞬間として、人々の記憶と記録に刻みつけてしまう一握りの人間だけが、この階段を登って行くのだろう。

この日、このゴールで、渓太の名前がマリノスの伝説に刻まれることになったのだ。

 

 

遠藤渓太たらしめたもの

渓太の余人をもって替えがたい最大のセールスポイントは、スピードである。最高速度そのものよりも、最高速度まで達する巡行距離の短さ。えっと簡単にいうと、すぐにトップスピードまで達するダッシュ力ということだ。プロの世界において、この「一芸」の有無は大きい。怪我さえなければ、まだまだ伸びることだろう。これからも彼の武器であり続けるはずだ。

 

この半年、コロナ禍によって選手によるトークショーを始め、シーズン中にも関わらず選手の素顔を垣間見る機会が多かった。本ブログでも度々触れてきたのは、大津祐樹、水沼宏太、扇原貴宏そして喜田拓也といった精神的な支柱となる存在の選手たちの素晴らしさである。チームをよくしたいとか、サポーターに謝意を伝えたいとか、もっと選手としても高みを目指したいとか、模範的な姿に誇らしさを感じたものである。

その点、遠藤渓太はそれらの模範の対極にある。何をやってもマイペース。何を言っても許されるし、その先輩たちの抱擁力の上に平気で胡坐をかくような振る舞いを取る。みんな僕のこと好きなんでしょう的な唯我独尊。空気が読めないのではなく、確信犯的に読まない。ただしどこまでも自然体で力が抜けているのがある意味たちが悪いのである。これはあくまで一側面に過ぎないが、そこから推測できるのはバカポジティブと自分勝手さである。一般的にプロ選手に求められる像に、生まれながらにして近いのではないか。

この辺りが、紆余曲折ありながらも、順風満帆に見せてしまう要因なのかもしれない。

 

 

まだまだプレー選択で改善の余地はある。えふしー戦だって、もう少し仕掛けるところと、周りを生かすところ、やり直しを選択する判断を早くして欲しいし、パスの前にワンタッチ多いな、惜しいなという場面もいくつか思い出す。

 

Viel Glück! KEITA!!

26日、札幌戦が、国内ラストゲームとなる。どうやら左ウイングでの先発が見込まれるようだ。29日夜にYouTube Liveで挨拶が行われることが発表されている。是が非でも有終の美を飾りたい。仲川輝人が欠場し、マルコス・ジュニオールやエリキ も万全でない中では、当然渓太には一層の期待がかかる。

「僕ができる恩返しはドイツで結果を残して活躍する事だけだと思っています。去年、サポーターの皆さんとチームメイトと一緒にリーグ優勝出来たことは一生の思い出であり忘れません。F・マリノスの誇りを胸にドイツで頑張ってきます!いってきます!」

 

東京五輪があるかは分からないけれど、できるならば久保建英や三好康児ら五輪代表を引き連れて、渓太に決勝が行われる日産スタジアムに凱旋して欲しい。東独クラブにお金が必要なら、来年のプレシーズン日本ツアーもいいよね。

 

渓太、とにかく達者で。もっと大きく成長して、渓太は俺たちが育てたと自慢させてほしい。

誇りを胸に。いつだって、どこだって応援している。