銀皿航海 蹴球7日制

横浜F・マリノスサポーターです。好きな言葉はシャーレです。

8月4日を忘れない

その日が最後だと分かっていたなら。

人と人の永遠の別れは、予想できないタイミングでやってくる。

2010年の最後の試合で、背番号3は特別になり、2011年の8月4日から永遠となった。

 

若い死を悼むには、彼はあまりにも剥き出しで、そして愛され過ぎていた。サッカーの神様が何故彼をこんなにも早く連れて行ってしまったのか。何故他の誰でもなく彼だったのか。呆気なくて、失った事実がただ悲しかった。

 

背番号4、愛弟子と言っていい栗原勇蔵が大幅な減俸を受け入れてなお、マリノスのユニフォームにこだわるのは、背番号3の存在があったからだと思う。松本山雅FCの関係者にすれば、山雅は最期のクラブだったかもしれないが、彼の人生はやはり横浜F・マリノスとともにあったと私は思う。

 

破天荒で、目が離せない。上がったら自陣になかなか帰ってこない。手を抜くことなどできない。闘志無き相手には、涙で抗議する。愛おしいはずのキャプテンマークをかなぐり捨てて、ピッチに叩きつけて、そして去る。

 

松田直樹の他に、そんなことができるヤツがいるだろうか。

あなたがいなくなってもう6年が経つ。石川直宏が辞めるなんて、ぶったまげると思う。齋藤学が責任を一身に背負うなんて、笑っちゃうと思う。中村俊輔が他所に移ると聞いたらマツが怒るのは対俊輔ではなく、対クラブなのかな。15年も前からコンビを組んだ堅守の代名詞、ボンバーが今なお君臨していると聞いたら、やはりぶったまげるだろう。

 

いろいろあった。いろんなことが変わった。選手の顔ぶれだって6年も経てば、(正確にはマツが退団して7年目となる)一巡してまるで変わる。もうマリノスの松田直樹を知る選手は片手で数える程だろう。

 

でも変わらないことがある。

背番号3やあなたに似せて作ったフラッグは今も、ずっとマリノスの戦いを見守っている。

誰も忘れていない。さらに語り継いでいる。

うちの息子は7歳で、当然あなたのプレーをDVDでしか見たことがないけれど、でもすごく鮮やかに覚えている。現在のマリノスには3番の選手がいないことも、その理由も覚えている。あなたの耳には聞こえないとしても、今もこの季節に「ナーオーキ、ナオキ、オレ」というチャントを歌ってる子供がいる。そうやって、あなたは生き続けるだろう。私たちの身体が朽ちた後も、あなただけは。

 

見ててくれてますか。8月4日、あの日は暑かったけど、今日の東日本は梅雨空のよう。

昨日、また一人若い選手がマリノスに加わったのを知ってますか。イッペイと言っても、カエルの方ではない。直接聞いたことはないけど、子供の頃にあなたのプレーを見ていたことは間違いないだろう。

そんな前途洋々たる若者にも幸あれと、どうか今年も見守っていてほしい。

 

もう一歩の試合が続いているけど、今年のチームはなかなか闘志を感じさせてくれるとは思いませんか。

なぜか8/4近辺の試合は、不思議とアウェイが多い気がする。横浜からの方角で見ると、故郷の群馬のもう少し先、新潟の地で、学のシュートが今度こそネットを揺らせるように、見えない力をほんの少し貸してほしい。

 

忘れない8月4日。今も、これからも。