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銀皿航海 蹴球二日制

横浜F・マリノスサポーターです。好きな言葉はシャーレです。

シャーレ妻の反応

連日自分たちの話ですみません。

しかも自分の予想以上に女々しい文章になってしまいすみません。昨日の原稿を書き上げた際にはまだ聞いてなかった話。

 

大宮対磐田を家族で観戦して、帰り道。ドタバタした終盤を振り返るとちょっと頼りなかったが、それでも逃げ切っての勝利を願うスタンドの姿は万国共通。それにしてもカミンスキを中心に危なっかしくも磐田は守りきった。

スタジアムを出た開口一番は、やはりあのFKの話題だった。あの吹田で、大阪のファンを黙らせたFKからほぼ丸一年、再び眼前でゴールを見られるなんて。俊輔の移籍初ゴール、初勝利を見た。俊輔が見せてくれた。

 

そのことで、整理がついた気がすると妻は言う。

諦めという言葉とは少し違う。子供の巣立ちをはっきりと認識したような気持ちだそうだ。俊輔については、小林祐三のようにこの試合でおしまいという区切りがついていたわけではない。だから一層、サポートする側にとって節目、けじめが必要だった。中村俊輔を自分の子供扱いするとはなかなかだと思うが、感情移入とはおそらくそういうことなのだろう。ともかく、あの23本目のFKと、久々に見せた屈託のない笑顔は、妻にとっては別れのセレモニーだった。「違うチームだけど、元気に頑張ってる姿を見られてよかった。本当に違うチームなんだということも認識できた」

 

12月30日に遡る。天皇杯で鹿島に敗れた翌日のことだ。元日の吹田遠征の予定が雲散した私達は、近場の温泉に向かっていた。遠征が消えて浮いたお金を片手に、このまま家で喪失感とともに年越しはできないと思った。

高速で妻が話していたのは、マリノスが遠くのアウェイで行けない日に、磐田が首都圏で試合するならそれに行きたいかもということ。また帰省を絡めて、ヤマハスタジアムにも年に2〜3試合は行きたいということだった。

 

正直に言って、11日の試合後、もうそれは結構というのが私の感想だった。どっちが勝っても負けても、震えられないサッカーを観るのはテレビで十分だと思った。

妻かこの試合後もヤマハに行きたいと言いだしたら、どうやって自分を奮い立たせようかと思った。だが、んー、私ももういいかなと言った。FKに魅せられてやはり区切りがついたのだ。これからもマリノスを応援してねと誰かが言っているかのような巡り合わせだと、勝手に思っている。

 

多くのマリノスサポーターがつけた整理を、わが家族は約3ヶ月余計にかけたことになる。いや、どんなサポーターにもあるのかもしれない。その時に、サッと切り替えられる人、そうでない人もいるだろう。どちらが正しいかということはないと思う。

これで再び、妻がマリノスの年チケを買うかどうかまでは話していない。とりあえず回数券のような「5試合選択券」は持っているし、まだ先だろう。俊輔ロスに囚われている間も、周りで話しているマリノスの話題には全てついていける程度には、私もサポーターなんだと胸を張っていた。やはり好きなチームがあることはとても無邪気で、それだけで幸せと言える。

 

ちなみに大きなお世話だし、誰も得しないから、書かないつもりだった。けれど、その決意を揺らがせてしまうほど、ナクスタで聞いた俊輔用に作られたというチャントはとてもアレだった。(以下、完全に個人の主観)

trfEZ DO DANCEという23年くらい前のヒット曲がベースになっている。名前とラララを繰り返すチャントはよく言えば、シンプルで誰でも覚えやすい。普通に言えば何のひねりもない。私はゾクゾクする感覚はなかった。俊輔が移籍したことへの嫉妬とかひねくれてるとかではない。川又堅碁のも覚えやすく、ひねりがない。

ただし、これは感性の問題。他の人はおそらく言うだろう、兵藤や藤本淳吾の複雑怪奇な曲こそ、サポーターの自己満足、自己陶酔だと。作る人、歌う人の考えや嗜好も違うのだから、塩梅は難しい。正解はなく、磐田の歌を否定しているのではなく、私には合わないと言っているだけだ。

日常的に鼻歌で歌われるような歌が理想だろうか。そんな名曲を仮に作れと言われても、難しいけれど。

 

磐田のスタンドからは名波監督の歌も聞こえてきていた。いつか私たちが再び、中村俊輔のあの歌を歌う日も来るのかもしれない。

そんなことは封印して、また前に向かう。