サポーターがスタジアムに集合する時間が明らかに早くなった。
現在は全席指定席のために、列を連ねて入場の順番待ちをする必要もないのに。
上限5千人という興行的には厳しい制限が続く中にもかかわらず、そうは思えないほどの活況なのはトリコロールランド周辺だ。
人気のキッチンカーには長蛇の列、いずれも質が高いこだわりの店舗ばかりで、ほんの数年前まで「横浜でスタグルは期待するな」と言われていたのが嘘のよう。
当時、試合が終わった後にラーメン博物館か、中華街に繰り出すのさ。日産スタジアムは巨大な割にこれと言った名物もないしね、と、アウェイのサポーターにからかわれたのも一度二度ではない。
Twitterでは毎試合「#マリノススタグル」がトレンド入りする。この仕掛け人となったのがCDAだ。横浜で創業した、キッチンカーのプロデューサー的存在。そのCEOであり、マリノスにキッチンカー革命をもたらした須谷真央氏にインタビューの機会をいただいたので、皆さんにお届けしたい。
仕掛け人CDA、須谷CEOに聞く
ーCDAさんが参入されてから3シーズン目。もう以前のことが思い出せないくらいの革命だったと思います。
須谷「おかげさまで年々、購入してくれている方が増えています。マリノスのことはキッチンカー業界でもかなり有名になっていて「どうやったら出店できるの?」という問い合わせが増えてきました。ひとえにサポーターの皆さんが食を楽しんでくださっているおかげです」
ー実際、どうやったら出店できるのですか?
「すべて弊社で選ばせていただいています。試合の2週間前あたり、キッチンカーが置ける台数というのがマリノスさんから知らされます。それをもとに登録していただいている約600台のキッチンカーの皆さんに一斉に募集をかけ、2~3日で締め切る。ただ現在は応募のほうが多いのが続いているので、何十台もお断りしなければならないのは心苦しいところです。ですが初めての方であっても選んだほうがよいと思えば選ばせていただきます」
ー出店の費用は?
「初期費用というか、場所代というものはありません。キッチンカーを持ってきていただくだけです。
売上の中から一部をマリノスさんや弊社に手数料という形で支払っていただきます。
売れた分だけ手元にも残りますし、マリノスの現場は実際に売れるので、キッチンカーからの人気も高いですね。
どうしても台数に制限がありますので、本当はご出店いただきたいのですが、お断りしなければいけないことも多く、それがいつも心苦しいです」
ー選ぶ基準というのは?
「まずは美味しいかどうかに尽きます。そのうえでキッチンカー同士のバランスもあります。同じメニューが偏らないようにとか。結果的に常連のキッチンカーもありますが、選ばれているのはうまいからです。しがらみとか、既得権益というものは一切ありません。お客さんが喜んでくれるかどうか、弊社としても自信をもってお願いできるかどうか、それだけです」
新規スポンサーになるという戦略と勝算
須谷は横浜で創業したころから、マリノスが気になっていた。日産スタジアムという敷地も十分で、2万3万人という観客が定期的に集まるマーケットにぜひビジネスを仕掛けたいと思っていたが、2018年までのマリノスの反応は決して芳しいものではなかったという。
「マリノスさんから長年のつながりのあるキッチンカーの中間業者4~5社に丸投げしているような状況でした。統制がないので、ケバブ屋の横にケバブ屋が出店みたいなことも起きていましたし、言いづらいですがクオリティもそこまで高くなかった」
ー当時はそれが当たり前だとサポーターも思っていたように感じます
「だからこそ自分たちが変えてみせたいと思いましたが、マリノスさんの中でもこの問題の優先順位は低く、提案に行かせてもらったものの前に進みませんでした」
ー話が進まないので攻め方を変えたのですね?
「そうですね。提案を聞いていただくために、法人営業にコンタクトをとりスポンサーにならせてほしいという話をしました。営業さんは当然スポンサーの案件は欲しいので一生懸命話を聞いてくださって、運営側に改めて話を通してくれたのです。ちょうどそのころに運営になった矢野さんが私と大学も一緒、学部も一緒と分かり…」
ー引きが強い(笑)
「はい(笑)。率直に問題点をお話させてもらった上に、うちにやらせてもらえばこんな形にできる。任せてほしいと。スポンサー料金の金額は言えませんが、うちとしては小さな額ではないです。ただ、売り上げを一気に伸ばすことができれば、弊社、横浜F・マリノス、そしてサポーターとマリノスに関わるすべての皆さんにとってWin-Winの関係にもっていけると考えていました」
ーかなり大きな勝負だと思います。でもそれだけ自信があった?
「売上が伸ばせることはやる前から分かっていました。それに実際に、味わってもらわないと違いも分からないだろうと。うちがスポンサーになってお金を入れるのなら、マリノス側にはそれまでのしきたりを変える大義名分にもなりますよね。従来の業者さんにご納得いただくために、そんな戦略もありました。何よりもキッチンカー業界の底力を分かってほしかったというのが原動力です」
須谷は2018年シーズンに、視察のため日産スタジアムをたびたび訪れた。多くのサポーターが新横浜のコンビニに立ち寄ってからスタジアムに集まる姿に「もったいない」と感じると同時にポテンシャルの大きさを見抜いていた。
これは当時の日産スタジアムに限ったことではないが、プロの手や目が入らないと、作り置きして冷めたもの、冷凍食品を解凍しただけのもの、似たようなメニューを出している屋台などもある。そうしたものがキッチンカーのすべてだと思われたくないという須谷にはこだわりがあるのだ。
「食べてもらえば絶対に分かってもらえる。それには最強の布陣をそろえよう。本当のキッチンカーのすごさ、そしてコスパの良さ。これを届けてお客様を感動させることに全力を注ぎました」
2019年のホーム開幕戦(対仙台)が、CDAと須谷のデビュー戦となったが、ここで23台のキッチンカーを並べ、売上という意味ではすでに成功をおさめていた。ポステコグルー監督のサッカーが徐々に浸透していくかのように、CDAとキッチンカー軍団の存在も増していき、シーズン半ばにはサポーターの間でも「絶対的な中心選手」と見なされるようになる。
マリノスにも当初見込みをはるかに上回る収入があり、売上にも大きく貢献できたと須谷は言う。
「実はシーズン前はあまり期待されていなかったみたいです。しかしシーズン後のパーティーでは、マリノスさんの中でも有名になっていて社長はじめ多くの社員にも感謝の言葉をいただきました。まあ、燃えていましたよね(笑)」
当日の細やかな動きとトレンド入り
試合当日の朝は早い。最近多いのが13時キックオフの試合だが、その場合は朝8時にスタジアム集合となる。 東側ゲート、西側ゲートと分かれて、キッチンカーの配置を行うが、通路の確保、避難動線の問題などチェックは細かく、意外に時間がかかるという。
セットアップが始まれば、須谷は全キッチンカーを順に挨拶にまわる。もちろんスタッフはほかにもいるが「キッチンカーが弊社にとってのお客様。しかもすべて規模は小さくても社長さんですから全店舗に挨拶するのは当然です」という。
徐々にサポーターが集まると、キッチンカーが見渡せる階段の上や、各店舗の行列、受け渡し口は分かりやすいか、など縦横無尽に駆け回る。
もう一つ大事な仕事が、Twitterのチェックだ。このメッセージの発信、DMのチェックはすべて須谷の手で行われている。「#マリノススタグル」が席巻するようになったののも須谷の発信がきっかけに他ならない。
「その場で多くのサポーターが写真付きで美味しいとか、つぶやいてくれますよね。本当にありがたい。それらは全部ほぼリアルタイムで見ています。また結構、DM(ダイレクトメッセージ。宛先本人にしかみられないメールのこと)でご意見もいただきます。その場で改善できることはすべて、すぐ、というのが基本です」
待ち時間の表示や、階段の通路が確保されていないことなど、細かな課題は速やかに改善されてきた。Twitterの存在により、須谷の目が行き届いていないところの課題もすぐに伝わるのが大きいという。味やスタッフの対応に関する注文、クレームをもらうこともある。どこどこの行列が分かりづらい、行列の最後部はどこだ、完売したのに気づかずに並んでしまった…など、すぐに改善できるものは、すぐ動くのが須谷のこだわりでもある。
マリノスサポーターの異常なまでのSNS拡散力が、このCDAのスタグル革命に拍車をかけたのは間違いないだろう。今は、なかなか遠方のファンが来場できないというコロナ禍ならではの悩みもある。
「せめて雰囲気だけでも味わってもらいたいし、来場できるようになったときにどれを食べるか作戦を立てて楽しんでいただきたい。食べものの力ってすごいですよね腹ペコでスタジアムに来てくれる方が本当に増えたし、美味しいものを食べられるというのはサッカー以外の価値にもなるということをご理解いただけているのは嬉しい」
ーさすがに上限5千人では…売上もギリギリなのでは
「もちろん早くコロナは終わってほしい。5千人規模では出店したくてもできないという遠方のキッチンカーもいるんです。しかし実は、2019開幕時と現在では、売上はほぼ同じなんです。これはありがたいこと」
ーえ、2019仙台戦の観客が22,751人という記録。ということは4倍売れている…?
「そうなります。来てくださっている方の購入率、購入金額が上がっているということ。とくに今季に入ってからの伸びがすごいんです。逆に言うと、今この状態で2万、3万人になったら提供できるのかという怖さもあります」
食はエンタテイメント
確かに行列の問題はある。上限5千人でも人気店に行列はできるのだ。先述の通り、キッチンカーは温かいものをすぐ提供するというコンセプトなので多くの商品で作り置きをしない。そのため、上限が50%に緩和されたら、すぐに待ち時間が30分を超えるなど長期化することだろう。
ただし須谷の話を聞くうちに、筆者は「楽しみたい、行きたい人が並ぶ。もし腹に入ればなんでもいいと考えるならば、多分キッチンカーに行かなければいい」と思うようになった。
食もエンタテインメントであり、楽しむ気持ちが必要だ。私も多少ならいいが、過度に行列で時間を空費するのは避けたい。なら、長蛇の列ではない店舗に行くことを強く勧める。店舗間の差はそれなりに大きい。
先日はキックオフ直前に到着したため、かねてから話題になっている店は諦めて、大変失礼ながらたいした期待もせずにケバブ屋さん「カッパドキアキッチン」に並んだ。
結論としては大満足だった。こんなに美味いケバブは食べたことがなかった。
「美味いでしょう? だって、あそこはケバブの中でうちのエースですから。美味いんですよ。いいチョイスされましたね。売り切れ、長時間並ぶのがキツイなら、隣へどうぞ、なんです。美味いキッチンカーしかないんですから。そこは本当にこだわっています」
確かにキッチンカーに人気が出すぎている間もある。なので敷居の高さを感じている方がいたら、ぜひ並んでいないところに行ってほしい。予想はいい意味で裏切られるだろう。
どうしてこれほどまでにキッチンカーに、スタジアムグルメに思い入れをもったのか。次回は、そのルーツ、須谷が仕掛ける次なる一手について話を聞く。