今年もマリノスにシャーレを 2020

シャーレを掲げることは難しく、守ることはさらに難しい。連覇に挑む2020年、アウトサイダーではなく本命として、今年もシャーレを掲げよう。座右の銘はシャーレです。

あの文豪がJリーグ再開を待ちわびたら(その2)

センバツもねぇ、プロ野球もねぇ、欧州サッカーもねぇ、相撲も無観客。おら、そんなの嫌だ。一喜一憂どころか憂うつなニュースばかりが重なっていくけれど、嘆いていても仕方ないので、来るべきリーグ再開当日の様子を書いてみよう。

ちょっと前にヒットしたもし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら をリスペクトして、ふざけてみる。

 

第2回目は、かも目漱石。このシリーズは4月4日まで続くかもしれないし、あるいは続かないかもしれない。「坊ちゃん後生だから、こんな文章やめてください」 

こころ 坊っちゃん (文春文庫―現代日本文学館)

こころ 坊っちゃん (文春文庫―現代日本文学館)

  • 作者:夏目 漱石
  • 発売日: 1996/03/08
  • メディア: 文庫
 

 

私はその人を常に「ボス」と呼んでいた。だからここでもただボスと書くだけで本名は打ち明けない。

 

ボスは、親譲りの無鉄砲で子供の時から攻撃的な球蹴りばかりしていた。モダン風の言い方ならばアタッキング・フットボールである。損ばかりしている? いや、そうでもない。昔、1-0で勝つよりも4-5で負ける方がマシと豪語した空飛ぶ蘭人が居たらしいが、ボスもまたゴールキーパーを敵陣近くにまで侵入させて失点を喰らったこともある。別段深い理由でもない。いくらハイラインだと威張っても、キーパーはペナから出られまい。弱虫やーい。と囃されたからである。藤本淳吾絶許。いや、帰って来た時、ギリシア出身のおやじが大きな眼をして五十メートルのロングシュートでゴールを決められる奴があるかと云ったから、この次はゴールキーパーに得点させて見せますと答えた。

 

無鉄砲だからと云って守備が嫌いとかそういう類の考えではない。蹴球にボールは一つなのだから、それを相手に渡さずに常に自軍が攻撃し続ければ良いと心底思っている。ボールを相手に取られ、好きなままに蹴られることが大嫌いで自らボールを手放すような行動は許せない。守備は面倒だが、降格はもっと面倒だ。一昨年は危うくチームを二部に落としそうになり、放校処分になりかけたがどうにか生き残った。昨年は一転して、良い選手たちにも恵まれ、とくに伯国から来た選手たちが次々に活躍してくれたものだから評価は百八十度変わったのである。優勝して、さあ今年と意気込んでいたら開幕戦で無鉄砲なミスに泣き、さらにコロナ禍であった。

 

明治天皇が崩御し、時代は大正に移り変わろうとする時代に書かれたのがこころで、電報や電話が、「私」と先生や父との連絡手段として登場する。令和時代のボスは前半のプレーを即座に編集させてハーフタイムにはその映像を見せる。こうなってくると、私たちサポーターにとっては、もう昔の横浜とは隔世の感すらある。

 

何しろ、松田直樹が去ってから五六年の間は前体制の状態ですごしていた。スポンサーには叱られる。サポーターとは喧嘩をする。時々安い選手を貰う、たまには賞められる。別に望みもない。これでたくさんだと思っていた。ほかのクラブも一概いちがいにこんなものだろうと思っていた。ただCFGが何かにつけて、あなたはお可哀想だ、不仕合せだと無暗に云うものだから、それじゃ可哀想で不仕合せなんだろうと思った。その外に苦になる事は少しもなかった。ただ日産が小遣いをくれないには閉口した。

 

リーグ再開の日、去年の優勝を思い出すつもりが、あまりにも空が綺麗でもっと前のことを思い出していたのだろう。私たちの浄財を集めた上で、無駄な金も散々使った。スカウトはブラジルのおかしなチームへと、当時の強化本部長を案内した。こんなレベルの選手はいやだと云ったらあいにくみんな塞ふさがっておりますからと云いながら、契約書をほうり出したまま出て行った。点取り屋のFWがどうしても欲しかったから、すぐに契約書をかいて我慢していた。ところがろくに練習にも来ない。失敬な奴だ。嘘をつきゃあがった。代理人がどちらからおいでになりましたと聞くから、横浜から来たと答えた。すると横浜はよい所でございましょうと云ったから当たり前だと答えてやった。その、カイケがよそのチームへレンタルでどうにか放出できた時分、大きな笑い声が聞こえた。下手な移籍交渉は百害あって一利なしだ。そこで、目が覚めた。まったく悪い夢だ。ん、夢じゃない・・?

 

スタジアムでは仲間同士が挨拶を交わしている。皆、この日を待ちわびていたのだ。私も挨拶をする。その中にトヨタなにがしと云うのが居た。これは最大手だそうだ。最大手と云えばえらい人なんだろう。妙に女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの暑いのに赤いシャツを着ている。最大手だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかにしている。あとから聞いたらこの男は年がら年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人の説明では赤は身体に薬になるから、衛生のためにわざわざあつらえるんだそうだが、入らざる心配だ。そんならついでにパンツもスパイクもボールも赤にすればいい。赤シャツ、というよりは赤シャチと呼んだ方がチームを特定できていいかも知れない。私は書きながら、即興で赤シャチと呼ぶ偶然の一致を喜んでいた。

 

さて、主語がボスなのか、私たちなのかよくわからなくなって来た。ボスが赤シャツ、いや赤シャチを殴ると書くと色々混乱を招くと思う。気がつけば、ボスは赤シャチをボコボコに殴る、と書くと、屈強な白人男性がサポーター(民間人)を殴っているようにも聞こえる。なのでここからは感じ取ってほしい。

 

試合が始まると、内容は一方的だった。革命を途中で放り投げた赤シャチが憎らしいなどということは特に思っていない。ともかく圧倒的なポゼッションで、終始試合のペースを握っていたら、「これは乱暴だ、狼藉である。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」と赤シャチは訴える。

 

こういう時のボスの怖さは私たちはよく知っている。「貴様のようなチームはなぐらなくっちゃ、ならないんだ」とぽかぽかなぐる。おれも同時に散々に擲き据えた。しまいには二人とも杉の根方にうずくまって動けないのか、眼がちらちらするのか逃げようともしない。
「もうたくさんか、たくさんでなけりゃ、まだ撲なぐってやる」とぽかんぽかんと、圧倒的なポゼッションでなぐったら「もうたくさんだ」と答えた。赤シャチに退場者が出ても構うものか。

 

そして試合は終わった。

久しぶりの試合だというのに、なんだか疲れるほどで翌日私は昼まで眠ったほどだった。

 

サッカーとは不思議なものだ。ボスの試合後の談話を読み返したがいつもと一緒だ。相手がどうこうは関係ない。自分たちが主導権を握ってエキサイティングなサッカーができた。勝点三に相応しい内容だったと思う。妥当な結果だ。でも次の試合が勝てるかどうかは誰にも分からないので今から準備したい。

 

この試合の直後に話したのかどうかも疑わしいほど、いつも同じだ。

でも、もう私たちは退屈な動かないサッカーではどうしても我慢が出来ん。サッカーは不思議なものだ。工夫しても対策される。また練習を繰り返して自分たちの完成度を高める。すると間もなくやられて悲しくなる。吾輩はやられては這い上り、這い上ってはやられ、一年に同じ事を四、五遍繰り返したのを記憶している。つくづくいやになる。

 

毎週末、サッカーが見たい。サッカーを通じてボコボコに殴りたい。そんな幸せが他にあるだろうか。

 

マドンナだか、マラドーナだか知らない。推しのことをマドンナと呼ぶのなら、皆んな、心にそれぞれのマドンナを抱いて、スタジアムに向かえばいい。べつにそれがブラジル人のストライカーでも、昨年のMVPでも、新加入のアイツでも、生え抜きの期待の星でも、あるいはマスコットでも構わない。

 

CFGのことを話すのを忘れていた。が、それはまた別の機会にしよう。坊ちゃんに出てくる、お手伝いさんの清は、最後は肺炎にかかってしまう。それはちょっと今のご時世ではまた別の憂うつなウィルスを想起させるだろう。

 

マスク着用でいい。応援歌とハイタッチ禁止も我慢しよう。だから、だから、後生だから、サッカーをスタジアムで見せてほしい。

 

 

-ーーーーー

 

次作は、どの作家になりすますでしょう。