銀皿航海 蹴球7日制

横浜F・マリノスサポーターです。好きな言葉はシャーレです。

おつかれさま、愛されしトリコロール

坂田大輔、35歳。J通算458試合出場、77得点。マリノス10年、福岡6年、ギリシャ含めその他2年。れっきとした海外組であり、元日本代表でもある。

福岡退団後も現役続行を模索したが断念。「後悔がないと言えば嘘になる」とコメント、4/1のレベスタで引退セレモニーが行われるという。

ストライカーなのに、滅私で常に全力な男。マリノスの強かった03,04年の連覇を達成した時も、そこに彼はいた。福岡に行ってからも年齢に抗って常に全力。J1昇格にも大いに貢献し、2016年にマリノスと対戦した際はサポーターをずいぶん喜ばせてくれたものだ。引退後は、関東に戻ってサッカーに携わるという。

サンキュー、坂田、サンキューな!と世代別の代表で当時の大熊監督が彼の守備を讃えたエピソードは有名だ。昨夜のタイムラインには、プレーの名場面とともに、サカティー、サンキューと呟く人が多かった。

 

天野貴史、31歳。J1からJ3まで89試合出場。記録よりも記憶に残る選手と言っていいのではないか。とにかく愛された男という印象が強い。松田直樹、中澤佑二、河合竜二、中村俊輔といったひと世代上の先輩たちに可愛がられる写真が多いこと。天皇杯を取った2013年シーズンは選手会長としても、チームを支えた。

 

2012年には左膝靱帯の損傷で全治8ヶ月の重傷を負う。その後は、以前のようにプレーできていなかったように思う。163センチと小柄ながら、また試合に出られない期間の方が長かったにも関わらず、30歳を超えるまでプロとしてプレーしたことは素晴らしいことである。

個人的なベストシーンは、13年のホームの瓦斯戦。あの試合なんでだったか理由は忘れたが、小林祐三に代わって、天野はスタメン出場。トップにチーム加入後初スタメンだった藤田祥史がいて、右サイドから送ったクロスを藤田がヘディングで決めた。それこそ、大怪我から復帰して間もなくだったと記憶している。頑張り屋さんだった。

 

ユースの同期に飯倉大樹がいる。もう何かメッセージは交わしただろうか。天野も生粋の横浜出身者だ。あの明るい性格ならコーチをやっても人気になるに違いない。ぜひ子供達を指導して、マリノスの育成を支えてくれたらと勝手に思っている。

 

血縁でもないのでただのこじつけだが、マリノスには後輩の天野、アマジュンがいる。タカシと言えば、今や金井貢史。二人とも、マリノスで育ち、今のマリノスを支える。昨夜は若手のデビューのことを書いたが、こうして道半ばでスパイクを脱ぐ選手もいる。

 

受け継がれる、トリコロールのたすき。これからもいろんな選手とともに歩き、そして見送るのだろう。その連続。だから寂しく、切なくて、思いは深い。

 

今年は始まったばかりと言うけれど、今年のチームは今年しかない。とあるレジェンドを含め、今年でお別れする可能性のある選手もいる。だからこそ1試合ずつを見守り、記憶に留め、語り継ぎたいものである。

 

二人ともお疲れさまでした。