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銀皿航海 蹴球7日制

横浜F・マリノスサポーターです。好きな言葉はシャーレです。

妄録 俊さんと学

終わりの始まりと言われた頃

齋藤学は年を実家で越し、ユース時代の仲間と初蹴りを行なっていた。

 

電話をしたのはその後だ。

「もしもし、俊さん? あ、俺。もう一回聞くけどさ、本当に出ちゃうの?」

「あぁ。なんだ正月になってもまたそのことか。本当だ。俺が変えようとしてたことは学も見ていただろう。俺のゴールは近い。けど、監督とは目指すものが違いすぎる。それに環境改善も言い続けてきたが、何も変わらなかった。何もかもだよ」

「…。マリノスを変えられるのは俊さんであり、俺らじゃないか」

 

深いため息だったのか、単なる間だったのか。

「おれもそう思ってた。でも最後の最後に、おれよりも監督を選んだのはそういうことだろう。それが合ってたか、間違ってたかは分からないよな、でも…」

 

間髪空けずに学は言った。

「もう一年、もう一年だけ一緒にやろうよ、俊さん。それなら俺も残る。な、マリノスには俊さんの力が絶対必要なんだ」

 笑いながら返事が来る。

「ばかだな、オレがいくつか知っているか。もう先はないんだ。あと1年だなんて簡単に言われても困るよ。それに学だって、もう26・27だろ。海外に行くにはもう遅いくらい…」

「わかっているよ。でも…」学は返事を遮るのがやっとだった。

 

「俊さんも、哲さんも、ヒョウくんもいなくなったら、マリノスはまずいんじゃないのか。というより、去らせ方に問題が有るよな。いつか選手が集まってこなくなるかもしれないし、サポーターにも愛されなくなってしまうかもしれない。でも俺にも夢がある。もっと高いレベルでやって、次のW杯こそ…」

 

もし残るならば

学は、決めていた。自分が目標とするW杯日本代表への道標となると確信できないのならば、闇雲に移籍することだけはしないと。国内からのオファーも来ていたし、そこならACLの出場チャンスもあっただろう。

 

チームはタイのキャンプに向かったが、オファーを待ち続けていた学は帯同せずに国内で調整を続けた。移籍期限は1月末だ。その直前にオファーが舞い込む可能性もあり、すぐに動くには国内にいた方がいいという判断からだった。

 

「残るなら」という想定を始めたのはこの頃だっただろう。いいオファーを待つ一方で、マリノスへの恩をどう表し、自らがどう成長を表現するか。それにはマリノスに残った方が良い部分もあると感じ始めていた。

 

「俊さん、楽しそうだな。つきものが取れた顔をしている。敵として俊さんとやってみたいな。あの顔を見ると、移籍して良かったのかもと思うし、俺はまだマリノスでそこまでやれていない」

 

宮崎キャンプには練習生として参加した。契約が更新されず、2月1日以降は「無所属」なのだからやむを得ない。それでもチームは、練習試合の際には背番号11を用意してくれていた。移籍を模索した自分を許し、再び受け入れてくれたチームには本当に感謝している。あれ、このチームが本当に愛のないチームなんだろうか…?

 

利重本部長との話し合いの中で、学が要求したことの一つが背番号の変更だった。

俊輔が背負っていた10番を、自分に背負わせて欲しい。自分の中のハードルを敢えてあげることで、内外のプレッシャーを自分に集めることで、さらなる高みへ。

クラブ側にとってどんなことがハードルだったのか、細かくは学には分からない。最初は戸惑いながらも、10番継承が決まってからは写真や動画、ポスター撮影などもとんとん拍子に進んでいった。

 

10番としてのケジメ

もうまもなく、練習生の立場から、再びマリノス所属の選手となる頃、学はほぼ1ヶ月ぶりにあの人に電話をした。

「もしもし。今日は報告があって。今年もマリノスに残ることになりました」

「うん、そうみたいだね。しっかりがんばって。学なら代表とマリノスを両方勝たせられるよ。海外にいればいいというわけじゃないというのは前も話したよね」

「もちろん覚えてるよ。まだやり残したことがあるしね。強いマリノスを取り返さなくちゃ。俊さんも楽しそうだね、よかったよ」

「ああ。これからだけどな。若くて伸び盛りの選手もいっぱいいるからそいつらの成長も助けてやれると思うのは楽しいよ」

「今の俺があるのは俊さんのおかげだよ。だからというわけじゃないんだけど…」

「?」

「背番号を10に変えさせてもらうことにしましたんで、宜しくお願いします!」

「…すごいじゃん。マリノスのユニフォームを脱いだ俺が言うことじゃないけどさ、マリノスも代表も10と同じくらい重かったよ。10ってチームの勝敗に本当に刺さるんだよな。マリノスに帰ってきた時、25をつけたじゃん?10に戻してからはやっぱり重かった」

「残るからには、その重圧が欲しかったんだ。俊さんが俺たちにそうしてくれたように、今度は俺がやる番だってね」

「学ならきっとできるよ、自分なりの10番が。がんばってな」

「10番対決、楽しみにしているよ。俊さん! 6節だったっけ。日産で待ってるよ。どうせ煽られるんだからさ、全勝対決でいこうよ」

「フッ、楽しそうだな。負けても泣くんじゃねーぞ」

 

10番の姿を披露すると、それを冷やかされることも想定していたが、スタッフからも選手からもほぼなかった。自分の気持ちがそれなりに伝わったかなと思う。いや、それ以上に冷やかすことを躊躇うほど10の存在は重いのかもしれない、と学は思った。

 

FC東京戦で始めて、公に10を纏って試合に出た。ゴールこそ取れなかったが、動きは悪くなかったと手応えを感じた。何より皆からの信頼を感じる。新外国人、新加入の選手からもおまえがエースだと見られている気がする。

 

開幕まであと2週間を切ったがやることは山ほどある。それくらいチームは大きく入れ替わった。その中で、マリノスとしての強さやプライドを示すのは、自分の仕事だ。それがなければ単なる寄せ集め集団になってしまう。若いチームは勝っている時はいいが、調子を落とした時に引っ張ってくれる存在がいないとバラバラになってしまう。これまではほぼ中村俊輔中澤佑二に自然と頼っていた。それを自分がやればいい。心の準備はできている。

準備が出来ていないとすれば、まだサインする時に、癖で11と書いてしまうことか。でもやがて、自然に10と書ける日が来るだろう。

 

去年のセカンドステージだけを見ると、学はベストイレブンどころかMVPだったと言ってくれた人がいた。嬉しかったが、チームは中位だった。今年は、個人としてもチームとしてももっと上を獲りたい。

 

…たぶん、だいたいそんなやりとりが学と俊輔の間であったのではないだろうか。

本稿は妄想フィクションですので、事実関係に関する確認や異論などについてはお受けしかねます。