銀皿航海 蹴球7日制

横浜F・マリノスサポーターです。好きな言葉はシャーレです。

シャーレを掲げるブログの顛末

はっきり言って驚いた。
足かけ5年とはいえ、細々とやっていたブログを閉じた際に、寄せていただいたのは身に余るほどの「惜しむ」声だったから。

畏れ多くも自分が世に出したものが、こんなにも多くの方から深く支持をされていたなんて。普段はほとんど気づかなかった。自分の手から失ってみて、初めてわかったことだった。この場で改めてご愛読いただいていた方に感謝を申し上げたい。

しかもマリサポ仲間だけでなく、他チームのサポーターからも愛読していたなどとメッセージが届くとは、私の想像を超えていた。

これもフットボールの力だと思う。私のような稚拙なブログで多くの人が共感したり、時には感動してくれるなんて。それは望外の喜びであり、そして私の重荷にもなりつつあった。

炎上したことも一度や二度はある。読んで腹が立つなら、読まなきゃいいのに!と思ったこともあるが、ブログは私であり公である。その線引きは案外と難しい。読者の目が増えれば増えるほど、どうしても筆に不要なほどの力がこもったことは否定できない。

そういう意味で、お褒めの言葉は戴くものの、特に後半は満足ができる記事は少なかったというのが率直な自己評価なのだ。

それでも、中村俊輔の移籍がなかったならば、ブログを閉じようとは思わなかっただろう。タイトルが、選手個人に寄ったブログだったから、行き場を失ってしまった。

しかし内容は、俊輔の話ばかりではなく、「マリノス全般」だったと思う。

それは自然なことだった。俊輔本人を含めたほぼ全ての人がそうであったように、マリノスと俊輔を分けて考える必要なんてできなかったし、あえてそうする必要はなかったからだ。

私には、俊輔はマリノスであり、マリノスは俊輔だった。その前提の前提が崩れたのだから、もはや滑稽である。

もし途中で、俊輔がキャプテンを降りていたら改題していたかもしれない。今回も改題を考えなかったわけではない。

けれどもやはり、改題は無理だった。過去に書いた約800の記事たちが新しい傘の下に入るのはどうも収まりがない。

中町公祐が、喜田拓也がシャーレを掲げるという取って付けた題は、無粋で無礼だと思った。

よし、閉じよう。
結果的にはいいきっかけだった。

以前のプラットフォームは、スポーツナビブログというサービスだったが、これまた窮屈の原因だった。

ヤフーと繋がっているので、アクセスはべらぼうに多い。多少なりとも、シャーレブログが知られる存在になった背景は、スポーツナビの集客力の賜物だ。アクセスが多いから、重荷になったということは既に述べた。

しかも、記事では使ってはいけない言葉のチェックや、著作権のない写真の使用などへ検閲が激しい。やっていることが間違っているとは思わないが、煩わしかったのは事実だ。

ある選手のミスが敗戦の原因に直結したとしよう。それを戦犯と評することがある。でもスポナビでは、NGワード。なぜならば、「戦犯は戦争犯罪人の略であり相応しくない」のだそう。バカヤロウとかもダメだったかな。「w」も多用すると、人を馬鹿にしている可能性があるとかでダメなんだそうだ。

テレビの番宣に使われている画像の使用もダメ。Twitter上で出回ってる写真を持ってくるのも、自分に著作権がないならダメ。その写真を貼るのも一苦労で、はっきり言って使いづらかった。

どうせ一からやるなら、今度は有名でなくても自分のリスクで、自分の好きなように表現していこう。よく言えばスポナビは、私のブログを守ってくれていたが、そうした存在はもうない。

しかもスポーツブログという重圧もない。実は、シャーレの後半で考えていたことは、戦評や観戦記の限界だった。

どのプレーが良かったとか、誰々が輝いていたなんてのは誰でも書けるし、誰でも分かる。では私だから書けることってなんだろうか。本当に読み手が面白い視点ってなんだろうか。

その一つの答えは、私の目線ということだった。なぜ私は応援するのか、オフの移籍騒動で私は何を思ったのか、私は私なりに、ということだ。

スポーツブログの枠をもう少し広げてみたい。私のサポーターライフと、喜怒哀楽を通じて、フットボールの楽しさと適度な力の入れようで応援する楽しさが伝えられたらと思う。

というわけで、シャーレブログを閉じる時に、すでに次のことを考えていたのはお分かり頂けただろうか。ただ、いきなり辞めてスミマセンでした。

でも、まだ心のどこかでは、このブログのタイトルを、中村俊輔が〜に再び変えられないかと願っている。心のどこかで、ね。